
福島県双葉郡浪江町津島。東京電力福島第1原発へは、最も近いところで約4キロ、町役場の津島支所からは約30キロです。原発事故により、現在も津島地区の全住民が避難生活を余儀なくされています。 10年近くにわたる避難生活で
福島県双葉郡浪江町津島。東京電力福島第1原発へは、最も近いところで約4キロ、町役場の津島支所からは約30キロです。原発事故により、現在も津島地区の全住民が避難生活を余儀なくされています。 10年近くにわたる避難生活で
東京電力福島第1原発事故をめぐり福島県から群馬県に避難した住民らが国と東電に損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が1月21日、東京高裁(足立哲裁判長)であります。全国で約30ある同様の集団訴訟で国も被告とした控訴審判決は、
高松市で1月15日、原発再稼働に反対する金曜行動が行われ、有志が百貨店前で原発ゼロを求めてスタンディングしたのち、四国電力本店前でコールをしました。 参加者は廃炉を求めるプラカードや横断幕を手に「原発いらない今すぐな
愛媛県伊方町で、ことし最初の「伊方原発ゲート前座り込み行動」が11日に実施され、「原発を止めろ!私たちは止まらない。ことしもがんばりましょう」と熱い決意や連帯のスピーチやコールが続きました。再稼働へ向けて、ミキサー車や
関西電力大飯原発3号機(福井県おおい町、定期検査中)の1次系ステンレス配管の溶接部付近で亀裂が見つかった問題で、関電は同じく定期検査中の同4号機の運転再開前に追加の検査を実施する方針であることが、13日の原子力規制委員
自ら搾った牛乳を加工販売する「ささき牧場」を継いだ佐々木光洋さんと、新鮮な牛乳を使ったソフトクリームが人気のカフェを開いた姉の国府田(こうだ)純さん(写真)。2人は「家族経営の難しさ」を語ります。 「牛乳は生産と加工
核ごみも「ノー」 札幌 福島原発事故から10年。あの日を忘れてはならないとして、原発問題全道連絡会と国民大運動道実行委員会は12日、“原発も核のごみもいらない”とイレブンアクション宣伝をしました。 雪が降る札幌駅前。
「ささき牧場」の牧場主・佐々木光洋さんの1日は、朝6時から始まります。一人で20頭の親牛に牧草を与えて搾乳、清掃…。作業が一段落するころ、牧場に居ついた猫たちが集まってきます。(写真) 光洋さんは“最初のお客”に牛乳
旧動力炉・核燃料開発事業団(現・日本原子力研究開発機構)の元主任研究員・土井和巳氏は、「放射性廃棄物を長期的に処分するには、安定した地域であることが必要です。さらに地下水が廃棄物に接触するようではいけません」と指摘しま
「ささき牧場」の牛乳を使ったソフトクリームが出来上がりました(写真)。週末になると、牧場の駐車場は福島県内外の車であふれます。 原発事故から立ち直り始めた2016年5月、牧場主・佐々木光洋さんの姉・國府田(こうだ)純
原発の運転で出る「核のごみ」の最終処分地選定のための第1段階である「文献調査」が、北海道の寿都(すっつ)町と神恵内(かもえない)村で始められています。核のごみは人間の生活環境から10万年程度の隔離が必要といわれます。日
トラクターで牛に与える牧草を牛舎に運び込む佐々木光洋さん。「ようやく、自分たちでつくった牧草を使えるようになりました」と安どの表情を浮かべます。(写真) 2011年3月の福島第1原発事故は、「ささき牧場」が守り続けて
原発が出す高レベル放射性廃棄物の一時貯蔵施設や六ケ所再処理工場がある青森。「青森から原発ゼロへ」と2012年から「金曜日行動」に参加する戸川雅子さん(67)の思いは―。(阿部活士) 雪のなか、今年も元日から「金曜日行
福島市郊外の佐原地区で、約60年の歴史を刻む「ささき牧場」。乳牛と子牛で30頭と小規模ながら、搾った牛乳を自ら加工し、直接消費者のもとに届けます。東日本大震災と原発事故から10年。県内で唯一の製造と販売を両立させる牧場
判決7月30日 東京電力福島第1原発事故で避難を余儀なくされた福島県浪江町津島地区の住民が国と東京電力に原状回復と損害賠償を求めた浪江町津島訴訟(今野秀則団長)の第33回口頭弁論が7日、福島地裁郡山支部(佐々木健二裁判
東京電力福島第1原発事故から今年3月で10年です。節目の年を、原発ゼロにすすむのか、原発を永続させるのかが鋭く問われる中で迎えています。 昨年12月、菅義偉政権は、原発を「確立した脱炭素技術」として「最大限活用してい
「原発ゼロ」はっきりと 「怒濤(どとう)の10年でした」と、福島県須賀川市の堂脇明奈さん(37)は振り返ります。 現在、日本共産党の須賀川市議会議員をしています。議員になったのは2019年です。 「日々、やりがいを
声を上げる大切さ 実感 民青福島県委員長の久保田亮さん(32)は「主権者として成長した10年間だった」と振り返ります。 2011年3月11日、東京電力福島第1原発事故があるまで、「多くの青年たちと同じで、政治に無関心
県議の自分 想像もせず 東日本大震災・東京電力福島第1原発事故から間もなく10年。当時、政治・社会に無関心で原発の知識も少なかった福島の10代、20代の多くの若者たちが学び、成長し、原発ゼロと被災者支援に立ち上がりまし
寒波続きで明けた2021年。新年最初の「原発いらない!核燃なくそう!青森金曜日行動」が1日、青森市の駅前公園で行われました。集まった人たちたちは吹雪に負けず、「原発・核燃が止まるまで行動し続けます」と決意を述べました。