
福島市に住む八巻(やまき)幸子さん(59)は、東日本大震災からの3年間を「不安の連続だった」といいます。
「3・11」の日、外出先から帰宅したときでした。立っていることもできない激しい揺れに見舞われました。愛犬の「小太郎」をしっかり抱きしめて収まるのを待ちました。
アパートで1人暮らしの八巻さん。長女が迎えに来て、母親と弟の住む飯舘村の実家に一時避難しました。
ところが、その後SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)で飯舘村は福島市よりも放射線量が高いことが判明し、全村避難となったのです。
SPEEDIが直ちに公表されていたならばわざわざ危険なところに立ち入ることはなかったのです。
母親と弟は現在、福島市内の借り上げ住宅で避難生活をしています。
「母親は79歳になりますが環境の変化で血圧が高くなり、認知症が進んでいます」と心配します。
愛犬が話し相手
2013年8月、生活保護の生活扶助費引き下げがおこなわれました。八巻さんの場合、月額1260円もの減額に。
お風呂は、汚れたときだけ入り、食費を切り詰め、1日2食にしました。スーパーには閉店間際の値引きになる時間に行きます。固定電話を解約、新聞の購読もやめました。友だちとの会食や交際を避けるようになりました。話し相手は小太郎だけです。
中学を卒業後、東京に集団就職し、縫製工場で働きました。「高校にいきたかった。夜は洋裁専門学校にいかせてもらえたので頑張りました」。デザイン科のある学校で学びたかったものの「高校の卒業が必要」と夢はかなえられませんでした。
消費税の増税は「どこまで行っても貧乏。生殺しにされている」と追いつめられた感じがしています。
不服審査で陳述
「生活扶助費は10万円以上にしてほしい」と願い、扶助費の減額に不服審査請求をしました。福島県の生活と健康を守る会関係だけで約100人が申請しました。そのうち福島市内の申請者は59人。八巻さんは、「生活保護を受けている人間は人間らしい生活を禁ずると言われているようだ」と意見陳述をしました。
不服申請にたいして福島市から弁明書が出され、それに対して申請者らは再反論しています。
長女夫妻は、福島市内でも放射線量の比較的高い渡利地区で暮らしています。
「原発はゼロにしてほしい。再稼働などとんでもないです。母親は故郷が一番良いと言っています。早く飯舘村に帰って野菜作りをしたい」
(菅野尚夫)