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“福島に生きる”患者と地域に恩返し・・石川町で整体院を開業 近内幸雄さん(63)

 

「裁判に勝って患者に恩返ししたい」と話す近内さん
「裁判に勝って患者に恩返ししたい」と話す近内さん

 近内幸雄(こんない・ゆきお)さん(63)が1993年9月に福島県石川町で整体院を開業して20年が過ぎました。

 首都圏や関東一円から口コミの評判を聞いて通ってきてくれた患者が東日本大震災と東京電力福島第1原発事故後は、激減しました。町にある約120年続いた石川家畜市場も閉鎖に追い込まれました。原発事故後、価格が下落し、子牛の取引が激減したからです。

■野球選手の力

 近内さんが整体師になったのは、福島県の高校野球の名門、学法石川高校のエースだったことからです。

 近内さんが野球部に入部したころ、無名の同校を常勝チームに育てた柳沢泰典監督(故人)が就任。「苦しみの中に光あり。おまえたちを甲子園に連れて行くのが俺の役目だ」と指導しました。

 3年生のとき、甲子園に向けた県予選大会の3回戦で敗退しました。「俺の力が足りなかった」と落胆する近内さんを「おまえでないとここまでこられなかった」とねぎらってくれました。

 「人生観を変えた言葉でした。信用される仕事をしないといけない」と心に刻んだのです。

 オイルショックの後、勤めていた会社が倒産。新しい仕事を考えたときに、整体師になることを志しました。

 肩を壊してプロ野球選手への夢をあきらめる仲間を見てきました。「肩を壊した野球部員が整体で楽になった例を見聞きしてきました。人に役立つ」と思い、専門学校で学び整体師の資格を取りました。

 整体とカイロプラクティック、電気、マッサージなどを組み合わせた「誰もやっていないやり方」を研究しています。

 「身体はその人の人生です。職業によっても具合の悪いところは違う。顔が違うようにツボも違います。探究心が大切です」

 自民党国会議員の秘書を務めた経験もある近内さんですが、民主商工会に入りました。

■国監視する目

 「3・11」の日は、須賀川税務署での交渉が終わり「ラーメンを食べていた」ときでした。体験のない揺れを感じました。福島原発で働いていた高校時代の後輩から携帯電話に連絡が入りました。「大変なことになる。すぐに避難したほうがいい。国の発表はウソばかりですよ」

 福島第1原発から南西に60キロも離れている石川町にも浪江町など沿岸部の人たちが避難してきました。体育館に避難した高齢者は、膝などの痛みを訴えました。マッサージなどの救援で避難所訪問に携わりました。

 「こんな公害を認めるわけにはいかない」と「生業(なりわい)を返せ 地域を返せ!」福島原発訴訟の原告になりました。

 「原発の再稼働はもってのほかです。事故があってもしょうがないという姿勢です。国を監視する目を養う必要があります。患者と地域に恩返しするためにも裁判に勝ちます」

(菅野尚夫)

(「しんぶん赤旗」2014年6月23日より転載)

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