関西電力の大飯原発再稼働に、司法がストップをかけた。21日の福井地裁判決は「運転してはならない」と明快に述べた。脱原発を願う人々は「この流れを全国に」と勢いづく。一方、原発立地自治体の住民らからは地域が寂れるといった声も聞かれ、歓迎と戸惑いが交錯した。▼1面参照
「大飯原発を運転してはならない」
21日午後3時。福井地裁の大法廷で樋口英明裁判長が主文を告げると、廷内に「おー」「よし!」と歓声や拍手がわき起こった。
原告側代理人の弁護士が地裁前で「差し止め認める」と書いた垂れ幕を掲げると、法廷に入りきれなかった原告ら約40人は「すべての原発を止めよう」とシュプレヒコールを上げた。
原発を動かしてはいけないと言った判決の意義は本当に大きい
「判決を聞いて5人の仲間のことを思った」。原告の一人で元原発作業員の山本雅彦さん(57)=福井県敦賀市=は、判決後の記者会見でそう話し、04年にあった美浜原発3号機の蒸気噴出事故で亡くなった5人の作業員を悼んだ。
1979年から6年間、県内すべての原発で計測機器の点検など定期検査を担当した。被曝(ひばく)は怖かったが他に仕事のあてもなく、「事故が起きても大事には至らない」という関電の説明を信じていた。
しかし、退職後の86年にチェルノブイリ原発事故が発生。安全性に疑問を抱き、原発に関する文献を読みあさって安全性に疑問を抱き、原発をめぐる訴訟に原告として参加するようになった。
山本さんは「(原発)という危険な職場の緊張感は働くものしか分からない。原発を動かしてはいけないと言った判決の意義は本当に大きい」と話した。
原告団代表で住職の中嶌哲演(なかじまてつえん)さん(72)=同県小浜市=は判決後の記者会見で「歴史的名判決だ」と笑顔を見せた。「原発密集地帯の地元で出た判決の意義は計り知れない。国内外の広範な市民と連帯し『原発ゼロ社会』を目指していきたい」と声明を読み上げた。
中嶌さんは小浜市で原発誘致計画が浮上した68年当時から反原発運動に関わってきた。「これまでに福島第一原発事故や原発訴訟で敗訴につぐ敗訴を重ねた先人たちのことを思うと、感無量です」
福井県内の自治体首長は戸惑いを示した。
大飯原発を抱えるおおい町の中塚寛町長は「粛々と受け止める」とする一方、「現時点で新規制基準に基づく適合審査が原子力規制委員会でなされているので注視したい」と述べた。原発関連の仕事に就く町民も多く、地元経済は原発が頼りだ。西川一誠知事は「一審の判断。上級審で考え方を吟味されると思う」と話し、上級審で判断が覆ることを期待した。
■争点絞り迅速な審理
大飯原発の再稼働差し止めをめぐる訴訟で、福井地裁の樋口英明裁判長は異例の訴訟指揮を執った。争点を安全対策のもとになる「基準地震動」が適正かどうかなどに絞りこみ、審理を迅速化した。ところが、関電側は主張を小出しにする姿勢に終始。それが21日の差し止め判決につながったともいえる。
関電は、再稼働に向けた原子力規制委員会による審査でも、指摘を受けてから対策を出すことを繰り返して委員から批判を浴びた。この訴訟でもその態度は変わらなかった。
審理で「使用済み核燃料プールが堅固な容器で囲われていない理由は何か」と問われても、指定された期日までに答えず、樋口裁判長が「どうして基本的な質問にさえ答えないのか。理解に苦しむ」と声を荒らげる場面もあった。関電は慌てて「プール自体が強固な構造物」などと答えたが、その態度は電力事業者に対する国民の厳しい視線や不信感を理解しているとはいえないものだった。
判決は、関電の姿勢を「楽観的」と厳しく指弾し、事実上、原発の存在を許さない結論を導いた。再稼働を求める関電には、真摯(しんし)にこの判決を受け止めることが求められる。(坂本純也)
■裁判長の横顔
樋口英明裁判長(61)は1983年に任官。福岡や大阪などの地裁のほか、和歌山家・地裁田辺支部や熊本地・家裁玉名支部など支部勤務も長いベテランだ。福井地裁には2012年4月に着任。昨年7月に県議会会派の政務調査費をめぐる住民訴訟で住民側勝訴の判決を言い渡した。
■「危険性説明を」「安全、信頼するしか」 全国の原発立地地域は
原子力規制委員会が全国で最初に「新規制基準に適合している」と認める可能性が高い九州電力川内原発(鹿児島県)でも、2千人以上が原告になって、九電と国を相手に原発停止を求めて係争中だ。原告弁護団の事務局長、白鳥努弁護士は「判決が基準地震動の信頼性にまで踏み込んだのは驚きだ。川内もここに絞って裁判所の(停止)判断を勝ち取りたい」と語った。
大間原発(青森県)の建設差し止めを求める訴訟を起こした北海道函館市の工藤寿樹市長も判決を評価したうえで「(原発周辺自治体の)住民に不安は高まり、いろいろな疑問を持っている。国や事業者は危険性を含めてきちんと説明しなければならない」。
日本原子力発電が20日に規制委に適合審査を申請した、東海第二原発のある茨城県東海村。パートの女性(66)は「正しい判決だと思う。再稼働のハードルがあがることはいいこと」と語った。一方、旅館を営む男性(49)は「『負けた』と思った。ずっと原発に頼って食べてきたので、ほかのことはできない」と話した。
東北電力東通原発がある青森県東通村の主婦(50)は原発の安全性に不安を抱える半面、原発で村が豊かになったとも実感している。「再稼働しなければ、原発施設が廃虚で残るだけで村民は消えるでしょう。ふるさとを守るには事業者の言う『安全性』を信頼するしかない」。東北電女川原発(宮城県)で使う日用品や食料品を受注している木村征一・女川商工事業協同組合理事長(73)も「東北電はいろいろな安全対策をとっている」と早く再稼働してほしいと願う。
東京電力柏崎刈羽原発を抱える新潟県の泉田裕彦知事は談話を発表。「責任を持って情報を収集、分析する立場にはないので、コメントは控える」と判決への評価を避けつつ、「原発の安全確保には福島第一原発事故の検証、総括が不可欠」とし、「性能基準のみでは安全確保できない」と規制委の審査を批判した。
中部電力浜岡原発がある静岡県御前崎市の石原茂雄市長は「規制委の審査中であるにもかかわらず、そうした司法判断が下されたことは理解しがたい」とのコメントを出した。原発近くの自営業の男性(83)は「再稼働にブレーキがかけられる。今は大きな不安を抱えて暮らしているので、廃炉に向けて一歩ずつ進んでほしい」と語った。
■消費地の東京「希望」「困る」
原発でつくられる電力の多くは、大都市圏で消費される。
「希望をもらった感じがします」。東京都世田谷区の伊藤麻紀さん(39)は判決を喜んだ。太陽光発電の普及を図るNPO法人「太陽光発電所ネットワーク」の事務局長。原発事故後、自分でもこまめに節電を始めた。
事故後、主婦や若者らがネットワークの活動に関心を寄せ始め、全国から問い合わせが相次ぐ。判決が、エネルギーの仕組みを変えるきっかけになるかもしれないと思う。「一部の住民の犠牲の上に成り立っている原発でなく、誰もが幸せになれるエネルギーを増やしていきたい」
「司法が世の中になびいている」。東京都大田区で板金製作所を経営する男性(63)は声を荒らげた。「原発反対という声に流され、電気を切に必要とする私らの声が無視されている」。長男と電気設備の部品を製作する。3年前の原発事故以降、電気代は上がり、節電のために工場の照明を減らして操業している。
判決は全国の原発の再稼働に影響を与えるかもしれない。「大企業みたいに景気はよくないし、これ以上電気代が上がっては困る。原発はいち早く再稼働してほしい。これが本音だね」
(「朝日新聞」2014年5月22日より転載)