新潟・福井の集中豪雨災害は、時間の経過とともに生活と仕事の場を奪われた被災者の深刻な実情を浮かびあがらせています。
災害救助法、被災者生活再建支援法などの適用が決まっていますが、被災者が求める支援には、まだまだほど遠いのが実態で、公的支援の拡充が急がれます。
水害取材団
■いま公的支援の拡充を・・
福井豪雨は、地場産業である繊維業を襲いました。被害総額は、福井県繊維協会に加盟する十五団体を通じ調べただけでも百十七の事業者、六十五億七千八百万円に上ります(七月二十九日)。自主廃業を決めた会社も出てきました。足羽(あすわ)川堤防の決壊地から南西に約六百メートルの染色会社「みのり染工」(福井市)を訪ねました。
20センチメートルの泥
千六百坪以上ある広い工場内にはパートも含め約四十人の従業員が、泥の被害を受けなかった真っ白な生機(きぱた)と呼ばれる染色前の布地を仕分けし、業者に返却する作業をしていました。事務所では、パソコンが泥に漬かり使えなくなったため、手書きで台帳に記入する従業員が。
十八日の豪雨で、工場や倉庫の低い所で一三〇センチ浸水、泥も一〇~二〇センチ堆積しました。染色機十五台、仕上げ機三台、乾燥機一台など主要な機械がすべて使用不能に。修理だけでも一億七、八千万円かかるといいます。
■廃業・・借金と悔しさだけが
みのり染工は一九七一年に創業、県内で中堅の染色会社です。中国などの安価な輸入品に押され、売り上げは最盛期の八〇年代と比べ半分以下に。しかし、採算を重視する国際競争の中で少数の注文にも応じ、短納期で最高級の染色をこなし、国内だけでなくアメリカへの輸出用に衣料の裏地などを手がけてきました。福井県内の繊維業全体でも、国際競争に勝ち抜き再生への芽が出始めた段階。それを豪雨が襲ったのです。
「借金だけ残して、今までの三十年は何だったのか」と、谷岡輝夫社長(六八)。冷房機が泥に漬かり使えなくなったため、扇風機が首を振る応接室で話します。「機械を直しても稼働する保証はないし、買い替えると三十五億から四十億円。工場を再建するのに二カ月以上はかかり、その間に、お得意さんがよそに逃げてしまう。借金を背負ってまで、できない」
二十一日、従業員に廃業、解雇することを伝えました。誰もがうつむいたままでした。「ショックでした。悔しい」。工場長の男性(五六)が語ります。仕事のことを話すときは自信と誇りに満ちた口調ですが、廃業に話が及ぶとゆっくりと言葉を探しながら言います。
一番の不安は雇用不安 「一番の不安は雇用です。若い人なんかは、同業種に転職できるかもしれんげど、わたしらの年齢になるとね」。首に巻いたタオルを手に取り、顔の汗と一緒に、赤らんだ目の涙もぬぐっていました。福井県繊維協会の小山英之調査部長は「水害は被災者に責任があるわけじゃありません。貸付限度額を設けない無担保無利子の融資制度を設けたり、阪神大震災や三宅島噴火でも適用された雇用調整助成金制度を適用するべきです」と話していました。
■日本共産党の提案は・・
地域経済の再建のためにも、被災した中小業者への手厚い支援が必要です。被災者生活再建支援法は、被災商工業者への営業補償・再建への直接支援は対象としていません。日本共産党が提案する同法改正案のなかでは、「生活の基盤をなす中小業者の事業等の再建も支援対象とする」ことを盛り込んでいます。