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福島のいま・これから/写真家 鈴木渉

JR双葉駅前で開催されたダルマ市=2025年2月、双葉町

双葉町 復興のラストランナー

大熊町 「移住者が作る町だよ」

 2022年8月に、避難指示が一部解除された福島県双葉町。東日本大震災と福島第1原発事故からの「復興のラストランナー」と呼ばれています。東日本大震災による全町避難から、実に11年半にわたり、居住者ゼロの町でした。13年4月から福島に通い続ける、写真家の鈴木渉さんのリポートです。

 昨年9月に、東日本大震災・原子力災害伝承館前で復興を願う「双葉花火」が開催され、町内外から約4500人を集めて、1万発の花火が夜空を彩りました。訪れた町民は、花火を見て「胸がいっぱいになった」「双葉町が復活に向けて進む活力になった」と語っています。

 また、江戸時代から続く伝統のダルマ市は、昨年に続き今年1月に、JR双葉駅前で開催され、大いに賑(にぎ)わいました(写真①)。完成した駅西住宅86戸には、帰還者、転入者(移住者)が全戸入居しています。駅前には、イオン双葉店(仮称)が今春のオープンを目指して工事中です。(写真②)

最後に解除され

 福島第1原発は、双葉町と大熊町の両町に跨(またが)って立地しています(地図)。そのため、放射線量が高く、19年の大熊町に次いで、最後に解除されたのが双葉町なのです。

 イベントには、町外や県外から多くの観客が来場しますが、終わって帰った後は、人通りのない町へと戻ってしまいます。

 町外へ避難中の人も含めた双葉町の人口は、5294人です。そのうち、帰還者は74人、転入者は108人。実際に双葉町に居住しているのは182人で、いまだ人口の約3・4%にすぎません(今年1月1日現在)。町職員も、いわき市などの避難先から庁舎に出勤し、仕事を終えたら、また避難先に戻る職員が大半だといいます。

 しかし、若い世代を中心として、SNSでの発信や交流を通じてネットワークが広がり、さまざまなイベントに全国から人が集まるという現象も起きています。

 つい最近も、大熊町に移住してきた青年が、クラウドファンディングで資金を募り、目標金額を達成して、双葉駅前にテイクアウト専門のコーヒーショップを開設しました(写真③)。オープニングパーティーには、全国から多くの支援者や友人たちが集まって活気にあふれ、新聞やテレビの報道陣も集まりました。

開発と課題と…

 双葉町よりひと足早く一部解除となった大熊町は、いち早く帰還を促すために、まず初めに町内でも比較的放射線量の低い大川原地区を、小さな復興拠点として整備しました。

 同地区は、富岡町との境界近くに位置しています。そして、役場や教育施設、温浴宿泊施設、飲食施設のある交流ゾーンが設けられています。(写真④、⑤)

 つい先ごろには、大川原地区と距離の離れたJR大野駅近くに、産業交流施設「CREVAおおくま」と商業施設「クマSUNテラス」を建設するなど、2拠点となる開発を行いました。誰もが無料で利用できる生活循環バスが、大野駅西口と役場、大川原公営住宅を結んでいます。

 ただ、開発拠点を少し外れると、周囲は依然として手つかずのまま放置された土地が広がり、枯れ草で覆われたままとなっていました。道路には人通りはほとんどなく、復興関連の工事関係者や車両が通過するだけの、閑散とした風景が広がります。

 生活基盤が徐々に整いつつも、未解決の課題も多く残されています。「これからは移住者が作る町だよ」。元住民の言葉が、実感を持って響きました。

(「しんぶん赤旗」2025年3月8日より転載)