東京電力福島第1原発事故で被ばくした牛を描いた画家、山内若菜さんがいま、ビキニ環礁で被ばくした第五福竜丸をテーマに作品を制作中です。戦争や原発など社会問題に向き合い、描き続ける原動力はどこからうまれるのか―。(都光子)
アメリカがマーシャル諸島ビキニ環礁で水爆実験をおこなった「ビキニ事件」から70年が過ぎました。画家の山内若菜さんは第五福竜丸展示館(東京都江東区)に通い、10月の展示に向けて絵を描いています。
1954年3月1日、アメリカによる水爆実験はマーシャル諸島の島民たちだけでなく、近くで操業していた静岡県焼津市の遠洋マグロ漁船第五福竜丸の乗組員23人にも「死の灰」を浴びせました。「西から太陽があがった」。乗組員の証言を手掛かりに水爆の爆発を太陽のように丸く描きました。
太陽の周りに散らした黄色の塊―。「これは放射性物質を表しました」と山内さん。無色透明で、痛くもかゆくもない放射性物質を可視化しました。そして海を漂うプランクトンを手のひらサイズに描きました。「被ばくしたプランクトンを食べた魚たちも被ばくする。食物連鎖で被害が広がる。それが放射能」と言います。
「絵は見えないものを表現できる」。被ばくした動植物を描き、私たちにこう訴えかけます。「なくていい命なんてない」
命の痛みを表現
今年3月、広島市で個展を開きました。3年ほど前から広島に通い、描いてきた50点余りを展示。なかでも広島市内に150本以上ある被爆樹木を題材にした「讃歌(さんか) 樹木」は高さ3メートル、幅9メートルの大作です。広島サミット(昨年5月)の準備中に誤って伐採された被ばく樹木の切り株、被爆者が戦後受けてきた差別・偏見などの痛みや傷つきを表すために、絵をひっかいたり、破いたりしてつくりあげました。
「いま、パレスチナのガザで虐殺が起きている。ウクライナでも市民が殺されている。命がもののように扱われている。そんな今だからこそ、どんな命も大事なんだと大騒ぎしたい」
天かける馬刻む
美術大学を卒業後は、働きながら絵を描いてきました。15年勤めた会社はブラック企業。“社畜”として休みなく、低賃金で働いてきたといいます。
2011年、東京電力福島第1原発事故で被ばくした牛や馬たちに出会いました。経済的価値がなくなったとして殺処分されていく牛が多くいるなか、殺処分を拒み「無駄な命なんてない」という牧場主に出会います。「もののように扱われてきた私にとって、“弱い私は弱いままでいいんだ”と思えた」
「暗く描かないでほしい」という福島在住の女性たちの声に応じ、生かされた被ばく馬を天をかけるペガサスとして刻みました。市民がつくった「おれたちの伝承館」(福島県南相馬市)の天井に飾られています。
あらがう気持ち
中、高、大学に出前授業をしています。自身の作品を学校に持ちこみ、その場で即興美術空間をつくり、生徒たちに福島で起きたこと、広島・長崎の原爆に自分がどう向き合ったのかを作品を通して話します。
卒論のテーマに山内さんの絵を選んだ大学生もいます。リストカットの経験がある中学生が何人もそのことを感想文に記しながら、無駄な命なんてないという言葉に共鳴したと感想を書いています。
「描いているうちに、作品は自分から離れ、見る人たち、現代の社会のなかでどんどん広がっていくものだと感じています。私は命を無駄に扱うものに対し、あらがいたい。それをみんなで共有したい」
(「しんぶん赤旗」2024年8月9日より転載)