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小学生で福島原発事故 今、何思う・・早大シンポでの若者の発言から

 2011年3月の東京電力福島第1原発事故のとき小学生だった大学生が、避難生活の苦しみを語り「原発事故は終わっていない」と、原発の危険性を訴えています。原発事故の経験から学ぼうと、早稲田大学人間総合研究センターなどが18日に開催したシンポジウムでの3人の発言を紹介します。(小林圭子)

震災経験を話す 私の使命

渥美藍さん(当時小学5年、郡山市在住)

 震災後1年間ほど郡山にいましたが、体調不良が続きました。危機感を持った母と一緒に兵庫県に引っ越しました。

 「将来何かあるのでは、自分の子どもに健康被害が出るのではと、不安がつきまとっている」と語ります。

 家族の間に放射能への危機意識の差から溝が生まれました。心配する母に父は「周りは普通に暮らしているのに心配するのはおかしい」と、対立することがありました。

 避難先では「政府が大丈夫と言っているのに騒ぐのはおかしい」「自主避難を勝手にしたんだろう」など、避難者の声よりも政府やメディアの声が広がっている感覚を覚えました。学校でも担任に「家があるのになんで避難したのか」などと言われ、学校に行けなくなりました。

 これまで被災者への心のケアはほぼありませんでした。今、カウンセラーを目指しています。「事故を経験したことで他人の痛みに寄り添えるようになった。震災経験を話すことは私の使命だと思っている」

原発止めたい 行動しよう

菅野はんなさん(当時小学1年、福島市在住)

 小学2年で京都に避難し、父と1年間離れて過ごしました。月に1回会いに来た父と別れるとき「大泣きした。いつまでこの生活が続くのかと、泣くのをこらえられなかった。大好きだった故郷と友人と離れ、何度も原発事故さえなければと思った」。

 中学校の弁論大会で原発事故を話そうとしたところ、政府を批判するような部分を担任に書き替えられたといいます。「自分の文章、言葉ではなかったことが不満でいっぱいだった」。日本では、政府に関連した話はタブー視され、関心を持ちづらくなっていると指摘します。

 政府が気候変動対策を口実に原発推進にかじを切ったことに「放射性廃棄物を出すことは許されるのでしょうか」と問いかけます。「危険な原発を止めたい。事故は終わっていない。そして、またいつ起こってもおかしくない。一刻も早く声をあげ、行動しましょう」

原発の危険性 改めて問う

佐藤遥佳さん(当時小学3年、郡山市在住)

 震災5日後、母と兄の3人で避難し、埼玉や大阪の親戚の家を転々としました。その後、大阪で家族だけの生活を始めましたが、家具も何もない状況で段ボールを机代わりにしていたといいます。慣れない生活へのストレスから、母にわがままを言ったり物を投げたり当たり散らし、「変化してしまった自分に戸惑っていた」と振り返ります。

 「帰りたいのに帰れない葛藤が生まれ、地元への思い入れが強くなった。不満が募り、母に『なんで避難したの』と、問い詰めることも多かった」

 今も福島に残っている父とは、コロナ禍もあり4年間会っていません。教師から「両親が子どものそばにいないことは悪影響になる」などの批判を受けたこともありました。信頼している人以外、避難について話していないといいます。

 しかし、「原発の危険性を改めて考えてほしい」という思いから避難者集団訴訟の原告に加わっています。

(「しんぶん赤旗」2023年11月27日より転載)