福島第1原発事故の反省も教訓も投げ捨て、原発回帰に大転換する原発推進等5法案は、被災者の思いを踏みにじり、原発事故の不安や放射性廃棄物の処理の問題など将来世代にも大きな負の遺産を背負わせることになります。「エネルギー危機」や「脱炭素」を口実に進める法案の危険性とは―。(小林圭子)
「国が責任認めなければ事故防げぬ」
「もう決して元のふるさとには戻らない。私にとって、ふるさとは津島のコミュニティー。津島全体が一つの家族のようだった」。そう語るのは東京電力福島第1原発事故で避難を余儀なくされた福島県浪江町津島地区の石井ひろみさん(73)=福島市=です。津島地区のほとんどが、いまだに帰ることのできない帰還困難区域です。
思い返すのは、日常の日々。家族のように気兼ねのない住民同士のやりとりや子どもたちの笑顔―。「困ったとき、声を出す前に助けてくれ、みんなで支え合っていた」と懐かしみます。
福島市に住む孫がよく遊びに来たといいます。「孫のために無農薬で野菜を育て、畑や庭に除草剤は使わなかった」。その庭に除草剤をまいたのは被災後。草に覆われた友人宅を見て涙し、「こんな思いを他の人にはしてほしくなかった」と。年月がたつにつれ田に柳が生い茂り林のようになる姿に「戻りたい思いと、もう戻れないかもしれないという不安が入り混じった」。
事故の反省から政府は「原発依存度を低減する」としてきましたが、その方針を投げ捨て、原発の運転期間延長や新増設も進めるとしたことに「信じられない」と怒りをにじませます。
「原発事故はまだ終わっていない。原発は子や孫、将来世代にも影響する。たとえ電力が必要だとしても、原発に頼らない方法を国民全体が考え直す必要がある」と語ります。
国と東電に損害賠償や原状回復などを求める津島訴訟原告団の副団長を務めます。「国が原発事故の責任を認めなければ、これからも事故は防げない。国に責任を認めさせるまで、たたかい続けます」
被災地の声も聞かず 活用「国の責務」
原発推進等5法案は、岸田文雄政権が2月に閣議決定した、原発の「最大限活用」を掲げる「GX(グリーントランスフォーメーション)実現に向けた基本方針」に基づき、原子力基本法、原子炉等規制法(炉規法)、電気事業法、再処理法、再エネ特措法を一括して改定する束ね法案です。
原子力基本法の改定は、原発を「電源の選択肢の一つとして活用する」とし、利用促進などを「国の責務」と明記。将来にわたって原発を活用するための法的枠組みをつくるものです。
その上で、国が講ずる「基本的施策」として、▽原発活用のための人材の育成・確保▽技術の維持・開発のための産業基盤の整備・強化▽研究・開発の推進と実用化▽原発事業者が安定的に事業できる環境整備―など、原子力産業を優遇する施策を列挙しています。
また、炉規法の改定は「原則40年、最大60年」という運転期間の上限規定を同法から削除し、電気事業法に移し、原子力規制委員会の審査などによる停止期間を運転期間から除外。実質60年超の運転を可能にします。
同法案は、被災地での地方公聴会も開かないなど丁寧な審議もされぬまま自民、公明、維新、国民の各党の賛成多数で衆院を通過し、参院で審議中です。維新が主導した修正案では、原発推進への国民の理解と協力の促進を「国の責務」とすること、規制委の審査の効率化を推進することを追加。原発の推進姿勢を強めました。
一方、日本共産党の岩渕友議員は参院で審議入りした10日、本会議での質問に立ち、同法案が「事故を防止することができなかったことを真摯(しんし)に反省する」というならば、「国は原発事故の法的責任を認めるべきだ」と追及。原発優先の政策が再生可能エネルギーの導入を阻んでいると指摘し、「原発からの撤退、石炭火力発電所の全廃と徹底した省エネ、再エネの大量導入で脱炭素を実現するべきだ」と主張しました。
同法案をめぐっては、福島大学名誉教授ら9人が22日、福島県での地方公聴会開催を求める要望書を参院経済産業委員会に送付するなど、原発事故の被害者を置き去りにしたまま、審議をすすめることに抗議の声が高まっています。
福島の教訓ないがしろ 維持に11年で23.5兆円も
原子力資料情報室事務局長 松久保肇さん
福島第1原発事故の教訓をないがしろにしていることが一番の問題です。事故の教訓から原子力規制委員会が所管する原子炉等規制法に、原発の運転期間を40年とし、例外的に最長20年までの延長を認めるとしました。それは安全規制として入れたはずでした。
ところが今回、運転期間は「利用政策」だとし、運転期間の規定を推進官庁の経済産業省が所管する電気事業法に移管することになっています。これは、「利用と規制の分離」という事故の教訓をないがしろにする規制の後退です。
規制委は60年を超えても科学的・技術的に審査できるといいますが、慎重さに欠けています。世界でも60年超の原発は存在しません。さらに、老朽原発の安全性を確認する方法も未確立です。
経産省は延長認可を、エネルギー安定供給や脱炭素などへの必要性で判断します。一方、原発の劣化にここからが危険だという明確な境界線はなく、グレーゾーンのなかで判断することになります。利用側の大きな圧力の下で、規制委が審査で安全性に疑問があったとき、止める覚悟があるかどうか、現状を見る限り、その覚悟があるとは到底思えません。
原発を動かせば電気料金が下がるような広報がされていますが、実際は再稼働してもほとんど下がらない。逆に、動いていない原発がほとんどですが、原発維持費に電気料金と税金を合わせ約23・5兆円(2011~21年度)も使っています。国民1人当たり約19万円にもなります。
事故が起きれば、被害が甚大な上に、金銭で補償できないものがたくさんある。そういうことを含めて議論しなければいけません。
(「しんぶん赤旗」2023年5月25日より転載)