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福島の出発 廃炉から・・玄侑宗久(作家・住職)さんに聞く

芥川賞作家で、禅宗のお寺の住職を務める玄侑宗久さんを、福島県三春町の福聚寺に訪ね、事故から2年7カ月になる東京電力福島第1原発事故をめぐる問題について話を伺いました。

私たち福島県民は今回、こんなにややこしいことになるのが原発事故なのだということを知ってしまいました。特に、避難生活の先が見えないことは決定的ですね。三春町にも他の自治体からの避難者の仮設住宅が十数カ所あり、がんばっているみなさんも大勢いますが、一方で「仮設でだけは死にたくない」という痛切な声を多く聞きます。

県民がふたたび歩きだすための″地盤″がしっかりしないといけない。その地盤とは東電福島第1、第2原発の廃炉です。福島にある原発をなくすということです。私たちはそこから出発したい。世論調査でも80%以上の県民が廃炉を求めています。そこを踏まえないとほんとうの再出発はできないと思います。

震災前には東京都で使っている電気の4分の1くらいを第1、第2原発などでまかなっていました。7年後に東京でオリンピックが開かれれば大量の電気を使うでしょうが、福島第2原発もあてにしていることは確かだと思います。しかし、その廃炉は福島の再出発の礎なのです。

放射能汚染水漏れの問題もそうですが、いまのやり方の限界だと思いますね。東京電力はあれだけの事故を起こしても、経費節減で動いていますから。汚染水を入れるタンクは、ボルト・ナットで金属板を止めているというわけでしょう。そのやり方を改めるといいますが、大量のタンクがすでに使われて事故を起こしています。

福島県民からすると、東京電力は加害者です。加害者が第1原発の事故処理の主導権をいまも持ちつづけているというのは、不思議ですよ。廃炉までは長い時間がかかりますが、どういう体制が事故処理にふさわしいのか、今からでもしっかり考え確立してほしい。

これ以上、放射能で海を汚さないことが大事です。まして原発輸出など無責任の極みで、不誠実なことだと思います。その点で共産党の汚染水問題の提言はそのとおりだと思います。(9月発表の「福島第1原発の放射能汚染水の危機打開のための緊急提言」)

効率優先では落とし穴

原発からでる高レベルの核廃棄物の最終処分という問題に日本は直面しています。しかし、この国では問題の最終的な検証がなされていないですね。北海道で研究していますが反対が根強い。高知県の町が手をあげましたが推進派の町長が住民の反対で落選した。今後、処分場を引き受ける行政は見つけられないでしょう。そのなかで原子力発電という方法をとりつづけるのは、やはり無責任だろうと思います。

フィンランドが世界で唯一最終処分場をもっていますが、そこで処分できる核廃棄物は原発4基分です。日本には50基以上の原発があり、とんでもない量の核廃棄物を出しています。どうするのでしょうか。

最近の安倍内閣の動きをみていると、あきれるほど経済優先です。電気は足りるのにしゃにむに原発を再稼働しようとする。私は、消費電力の伸びがGDP(国内総生産)をけん引するという考えが以前から信仰のようにあったと思います。やっぱり効率最優先の新自由主義的な考えだけでいくと大きな落とし穴に陥ります。

三春町には、葛尾村が「全村避難」で来ており、村長さんも仮設住宅で暮らしています。お寺の坐禅会や、もちつき大会などの年中行事には多くの仮設のみなさんがきています。原発事故で自宅に戻れない、家族が離ればなれに暮らすというのは、人間の尊厳を奪う状況です。春に一冊にまとめた短編集『光の山』(新潮社)は震災後のそうした切実な現実の推移のなかでつづりました。

すべての原発が止まっている今、福島の原発事故の悲惨な影響についてあらためて思いをめぐらしてほしい。そして効率優先やお金だけではけっして幸せになれないことを知ってほしいと思います。

1956年福島県三春町生まれ。福聚寺(臨済宗妙心寺派)住職、子どもたちを支援する「たまきはる福島基金」理事長。2001年『中陰の花』で芥川賞。『四雁川流景』『阿修羅』など著書多数。

聞き手・山沢 猛
写 真・山形将史

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