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『資本論』刊行150年に寄せて 不破哲三⑦・・資本主義は人類史の過渡的一段階(2)/「世界市場」の形成

ヨーロッパが世界の「片隅」になる

核兵器禁止条約に賛成した122力国

 マルクスが資本主義の歴史的功績としてしばしば強調するのは、この経済体制がはじめて世界市場をつくりだした、ということです。

 『資本論』のずっと以前のことですが、たいへん印象的なマルクスの言明があります。1858年、アメリカでのカリフォルニアの金鉱発見などに続き、幕末の日本からの開国の報を聞いたとき、エンゲルスヘの手紙に書いた文章です。

 まず、ブルジョア社会本来の任務である「世界市場」創設の任務はこれで終わったように見える、と書き、そのあと、世界のなかでヨーロッパ大陸の位置の変化についてこう続けました。

 「ヨーロッパ大陸では革命が切迫していて、すぐにも社会主義的な性格をとるだろう。もっとずっと大きな地域ではブルジョア社会の運動が今なお上昇中だが、だからといって、この小さな片隅での革命は必ずしも圧しつぶされはしないのではないだろうか」(1858年10月8日付)

 資本主義が世界にひろがれば、ヨーロッパは世界の「小さな片隅」になる。ずいぶん思い切った発言でしたが、ヨーロッパ以外の地域で、ブルジョア社会の運動がヨーロッパにせまる勢いを示しだのは、19世紀段階では、アメリカと日本だけでした。

マルクス、資本の「文明化作用」を語る

 その後、マルクスは、ヨーロッパの資本主義が世界に広がり、世界市場を形成する過程を詳しく研究したようです。その過程は、アジア、アフリカ、アメリカ大陸に成立していた多くの古代文明を破壊し、そこを植民地にして何千万、何億の住民を奴隷化しながらの展開でした。彼は、『資本論』のなかでその歴史を詳述し(第一部の「いわゆる本源的蓄積」の章の第6節「産業資本家の創生記」)、その最後を次の言葉で結びました。

 「資本は、頭から爪先まで、あらゆる毛穴から、血と汚物とをしたたらせながらこの世に生まれてくる」(新日本新書版④1301ページ)

 マルクスは、歴史はそこで終わるものでないことを、よく知っていたのだと思います。

 マルクスは、『資本論』とその草稿のなかで、奴隷制などの古い搾取制度が、資本主義的搾取制度に交代することは、それがどんなに暴力的な過程をとったとしても、生産力と社会的諸形態の発展にとって、また「より高度の新たな社会形態のための諸要素の創造」にとって、「文明化」的意義をもつということを強調しました。(同⑩1433~1434ページ)

 これは、世紀を超える広い歴史的視野で世界を見るマルクスでなければ、語れない言葉でした。

21世紀、世界は変貌しつつある

 ヨーロッパでの革命はマルクスの予想通りには進まず、加世紀には少数の資本主義大国がアジア・アフリカ・ラテンアメリカの広大な地域を植民地として支配する帝国主義時代を現出しましたが、その時代は、わずか数十年、世界史的にはごく短い期間で終わりました。

 とくに第2次大戦後には、主権と独立をめざす諸国民の闘争が地球規模で起こり、1960年の国連総会では、ついに地球上から植民地支配を一掃する「宣言」が採択されました。アジア・アフリカ・ラテンアメリカの植民地・従属諸国が、独立国家の巨大な集団に変わる道が開かれたのです。

 そして21世紀、少数の大国が世界政治を支配する古い世界体制から、大国と小国の序列のない新しい世界秩序にむかって、大きく足を踏み出しつつあります。今年開催された核兵器禁止条約策定のための国連会議は、まさにそこに世界の本流があることの力強い実証となりました。日本共産党の志位和夫委員長がこの国連会議に出席して発言しましたが、このことは、わが党としてはもちろん、国連としても発足以来はじめてのことでした。

 「小さな片隅」とは、マルクス流の誇張ですが、諸大国が世界のすべてだった時代は、確実に終わりを告げつつあるのです。

(つづく)

(「しんぶん赤旗」2017年8月7日より転載)