再稼働すべきでない・・日下満子さん(74)
福島県広野町から避難した日下満子さん(74)=同県いわき市の仮設住宅=
生まれも育ちも広野町で、コメと野菜を作っていました。
医師からストレスが原因の糖尿病と診断され治療中です。首と頭の痛みで脳神経外科にも通院しています。2011年3月から11月まで、学校や親類、ホテルなど7ヵ所を転々とした避難生活でうつになり自殺したいという思いにとりつかれました。花火(原発)が上がって(爆発して)から体調が悪化した。安倍首相には、「避難生活を3日でもやってみろ」と言いたい。当時29歳の孫が「ぼくのところへ帰ろう」と独身寮に迎えてくれて神奈川に行き、9日ぶりに風呂に入った時は涙
が出てしょうがなかった。
水の放射能汚染は、年をとっていてもおっかなくてペットボトルを買っています。子どもらの健康影響を考えるといらだつ。安倍さんは原発がお好きなようだが、再稼働は絶対すべきじゃない。
見守り隊いれば安心・・佐々木トシさん(83)
復興公営住宅ができてすぐ入居できた佐々木トシさん(83)=岩手県釜石市の復興公営住宅=
自宅で地震に遭い、高台に避難しました。自宅は津波で流されました。
復興住宅の抽選は3倍以上の倍率でしたが、2015年3月に入居できました。住み心地は仮設よりはましです。同じ仮設の人でまとまって入れたら安心ですが、そうではありません。他の住居のポストに昼まで新聞が入っていても周りは気にかけません。
住居には、ひびがたくさんあり、周りの生活音も聞こえます。団地のルールで午後9時すぎにはお風呂に入れず、午前7時前に物音を出すと周りの住民から注意されま
す。
私は1人暮らしです。復興住宅には市役所の分庁がありますが、万が一というときでも鍵は貸してもらえず、誰がどこに入居しているかも教えてもらえません。見守り隊がいれば安心なのに、と思います。
帰還宣言が早すぎる・・松本義道さん(84)
福島県楢葉町から避難した松本義道さん(84)=同県いわき市の仮設住宅=
狭い仮設で交通安全のお守り「半足ぞうり」を数千足、製作して喜ばれています。
原発事故が起きて、孫と一緒に暮らせなくなりました。息子家族は新潟に避難。5人で暮らしていたが今じゃ妻と二人。小学生だった孫や息子と離れ離れになりさびしい。生活がつまらないですよ。
事故後に胃がんと大腸がんになり、東電のせいなのかとどうしても考えてしまう。
親せきに甲状腺異常も出ていてかわいそうだ。
アベノミクスというが、除染のお金は莫大(ばくだい)で、こんなに金のかかる原発を続けるべきじゃない。首相は福島を視察しないから実態がみえていない。東電は数年で賠償を打ち切るのでなく、一生責任をもって賠償してもらわないといけない。
去年の9月に帰還宣言したが早すぎだ。戻っても食料品店、医療、何も整っていない。生活できねっぺよ。
(「しんぶん赤旗」2016年3月21日より転載)