燃料費が安く、産地に地理的偏りがない石炭火力発電を、安倍晋三政権は原発と並ぶ重要電源と位置づけます。長期エネルギー需給見通し案でも、経済性に優れた電源と描いています。発電費用が高いとレッテルを貼られた再生可能エネルギーとは対照的です。
国の石炭重視の姿勢を反映し、国内で空前の石炭火力発電ラッシュが起きています。環境NGOの気候ネットワークによると、石炭火力発電の新規建設計画は(2014年6月)2日時点で46基、設備容量2330万キロワットに達しています。原発約20基分です。
石炭火力発電は、火力発電のなかでも発電量あたりの二酸化炭素(CO2)の排出量が天然ガス発電の約2倍と突出しています。
国立環境研究所の増井利彦室長は、「現時点の燃料費だけを見て、石炭が安いといって発電所を増設するのは、温暖化対策にとって非常に問題が大きい」と憂慮します。
甘すぎる見通し
需給見通し案の発電費用の試算にも、CO2の対策費用は含まれています。2013年の石炭火力発電のモデルプラントの場合1キロワット時あたり3円です。CO2費用が上がれば石炭の優位性は揺らいできます。
10年にメキシコで開かれた国連気候変動枠組み条約(COP16)は、気温上昇を産業革命前に比べ2度未満(セ氏)に抑えるため、各国がCO2削減の自主目標を定めることで合意しました。しかし、各国の目標を合計しても2度目標に必要な削減量には大きく届きませんでした。
需給見通し案のCO2費用は、14年半ば時点で各国が独自に採用したり、提案している政策をもとにした国際エネルギー機関(IEA)の新政策シナリオが前提になっています。このシナリオでは2度目標は達成できません。IEAは2度目標の達成に向けたシナリオ(450シナリオ)も発表しており、CO2価格は新政策シナリオが30年時点で二酸化炭素トンあたり37ドルなのに対し、450シナリオでは同100ドルに上昇します。
30年までにCO2を1990年比で18%削減するという安倍政権の約束草案に対し、環境NGOのWWFジャパンは、2度目標達成には日本は90年比40〜50%の削減が必要だと批判しています。石炭重視の背景には、低い温暖化目標が国際交渉でも通用するという、政権の甘い見通しがあります。
「日本で議論した前提(新政策シナリオ)が今年冬のCOP21での議論と整合するかは非常に疑わしいと思います。世界が2度目標を前提に議論すれば、CO2の対策費用は、国内の電力価格の推計で用いた想定より高くなります」(増井室長)
同時に、IEAのCO2価格には温暖化がもたらす被害額や、温暖化の悪影響を軽減するために必要な適応費用は含まれていません。
巨額の適応費用
国連環境計画(UNEP)が昨年末に発表した報告は、仮に2度目標を達成しても、適応にかかる費用は50年には毎年2500億〜5000億ドル(約30兆〜60兆円)になる可能性があるとしています。こうした社会的費用を加えれば、CO2価格は大幅に上昇するとみられます。
「米国ではCO2は公害を引き起こす汚染物質の扱いです。CO2を排出する事業は、その費用を換算して費用便益を計算しなければいけません。温暖化が農業生産や健康へ与える影響、洪水被害の増大などが入っています。日本でも、CO2の社会的費用を事業評価に組み入れる必要がありますし、温暖化を止めるために長期を見据えて省エネや再エネの普及へと政策を転換すべきです」(増井室長)
二酸化炭素トン・・
二酸化炭素(CO2)に換算した温室効果ガスの重量のこと。温室効果ガスにはCO2のほかメタンや亜酸化窒素などがあり、地球温暖化に与える効果はそれぞれ異なります。そのため各温室効果ガスの影響をみるときは、同等の温室効果を有するCO2の重量に換算して量ります。
(おわり)
(連載の①〜③は6月11〜13日付に掲載)
(「しんぶん赤旗」2015年6月16日より転載)