国井綾(りょう)さん(25)は4月1日、福島市の医療生協わたり病院で医師のスタートを切りました。
避難者の相談に
福島県いわき市出身の国井さんにとって故郷で医師になることは長年の希望でした。とりわけ、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故後、わたり病院の実習で福島市内の仮設住宅などで避難者の健康相談会などに参加し、そうした活動を通じてその思いを強くしました。「故郷は医師の存在を必要としている」と。
3年前の「3・11、広島で医療合宿に参加していた医学生だった国井さんは急ぎ帰京。福島の情報を収集して故郷に戻りました。
わたり病院が実施した仮設住宅での健康相談会、お茶会、体操やレクリエーション。これらに参加する、どの子どもも着けている線量計バッジが福島の現状を象徴していました。国井さんは「精神的サポートが求められている」と直感。故郷で医師として着任する意思を決定的にしました。
放射線におびえながらも折り合いをつけて生きざるを得ない福島の現実。「医学でコントロールできない原発事故の放射能汚染による人体への影響を避けることができないのなら原発はゼロにするしかない」と確信しました。「健康と命を脅かすものを再稼働するなど許すことはできない」
医師になろうと思ったのは、中学3年生のころ、山崎豊子原作のテレビドラマ「白い巨塔」を見たこと。農業や環境保護にかかわる職業に興味があった国井さん。権威主義の財前五郎医師と無欲で誠実な人柄の里見修二医師。相対する2人の医師像を見るなかで「目の前の患者に全力で向き合い命を扱う仕事。やりがいがある」と思いました。
「里見医師は、『お医者様と患者』という関係ではなく、不安を抱えている患者に寄り添う姿勢で対話を重視して治療にあたった。そんな医師に私はなりたい」
母の手ひとつで医師の道を歩ませてもらいました。食品の中卸業をしています。自由闊達(かったつ)に育ててくれ、医師になるという子どもの将来を支えてくれました
患者の人権守る
わたり病院との出会いは、医学生として技能研修を数回受けたことでした。同病院の患者の人権を守る医療に徹する姿勢、「一人は万人のために、万人は一人のために」をモットーとしてどの患者にも対応する方針に共感しました。
病院の周辺には、高濃度の放射能汚染地域、ホットスポットが点在します。ホールボディーカウンターを備えた「数十年にわたって放射能とたたかう最前線」の病院となっています。 小児科を将来志望している国井医師。未来を担う子どもたちの健康と命を守っていこうと決意しています。
「医療との向き合い方の基礎を作ることを目標に福島に暮らす」。ドクター国井の選択です。
(菅野尚夫)