福島県内4ヵ所に設けられた全国青年ボランティアセンター(日本民主青年同盟中央委員会主催)は5月4日までに被災地フィールドワークや聞き取り調査の前半の活動を終えました。前半の活動に参加した青年たちが「見て、聞いて、考えた」意見を紹介します。
(菅野尚夫)
見て
長野県から参加した男性は、「いわき市四倉港で計った放射線量は0・07マイクロシーベルト。原発付近になるにつれて急に数値が上がり、7・00マイクロシーベルトを指した時は『本当に、現実に大変な事故がここで起きているんだ』と肌で実感した」といいます。
長野県の別の男性は「原発地域に近づくほど人がいなくなっていく。田畑が荒れているのを見て、まるで日本の中にいるとは思えないような恐怖感を感じた」といいます。
静岡県から来た男性は「震災から4年たった現在でも手がまわっていない所が存在していることが分かった。自動車はひっくり返っていて家は崩壊したままになっている。言葉を失った」と衝撃を語っていました。
聞いて
埼玉県から参加した20歳になる学生は「94歳になるおばあちゃんの話を聞きました。地震によって家族がバラバラになってしまい、寂しい思いをしているという話に胸の痛む思いをしました。また、その息子が東電の建設の事務所で働いていたという事実も知って、双葉町が原発にかかわった生活をしていたということも知ることができました」といいます。
埼玉県から参加した長濱貴裕さん(25)は「退去する人が多いことや、いわき市の高齢者施設に入居する人が多いことを聞きました。その中でも被災者が残っているのは地域のコミュニティーのおかげであることを知りました。地域のコミュニティーづくりの大切さを感じました。国や東電の対応について『しかたがない』『どうにもならない』など諦めの姿勢がうかがえました。そのような気持ちにさせる政府や行政というのは本当に被災者の気持ちに寄り添っているのかと疑問に思いました」と語っていました。
考えた
ビラを見て参加した福島県の女子学生は「私は将来医師として働くので被災者の心のケアを今回経験したことを生かしてやっていきたいと思います。福島県の学生だからこそ学ばなければならないものを今回体験できてよかったです」と、今後の生き方に生かしていくことを語っています。
福島県の大橋沙織さんは「震災前から福島にいますが、ただそこにいるだけでは分からないことがたくさんあるということを感じました。原発再稼働や輸出は『日本の恥』。こんな経験はもう誰にもさせたくないという気持ちで、実態をつかみ、学んで、力をつけて、自分も主体的に取り組んでいけるようになりたいと思いました」と決意していました。
(「しんぶん赤旗」2015年5月6日より転載)