日本共産党嶺南地区委員会 > しんぶん赤旗 > “福島に生きる”「おいしいな」を励みに イチゴ農家 蒲生誠市さん(38)

“福島に生きる”「おいしいな」を励みに イチゴ農家 蒲生誠市さん(38)

14-03-22fukusima 「トリプルの災害に見舞われた」と頭を抱えるのは、福島県田村市でイチゴや菜を栽培する蒲生誠市さん(38)です。

■三重の災害直面

東京電力福島第1原発事故による放射能被害、福島県産農作物への風評被害、そして2月に降った大雪によるイチゴハウスの倒壊。「鉄骨造りイチゴハウスは、3連棟、10アールの広さを備え、1200万円かけて建築したのが壊れました。パイプハウスも10棟中7棟がつぶれました。ローンも返済し、これからだと思っていた矢先の被害だった」

福島県の大雪による農林水産関係の被害は8億2100万円。農業関係に限っても7億6300万円にのぼります。福島県は独自の支援策を検討。ビニールや大型の鉄骨ハウスにも支援できるようにする方針です。蒲生さんは、「農家は二重三重の苦しみを抱えています。県は早く支援してほしい」と訴えています。

蒲生さんは、イチゴ、キュウリなど野菜栽培農家を継いだ4代目。生産したイチゴや野菜は、ワゴン車に積んで近隣の町場で販売します。「消費者の顔が見えて気心も分かる。祖母の時代は背負子(しょいこ)に野菜などを入れて売り歩いた」といいます。

原発事故のあった2011年は、「まったく買う人がなかった」と言います。2年目になって価格は10%ほど安くなったものの、「あんたを信用して買う」と売り上げは回復しました。

蒲生さんは、東京都多摩市にあった農業者大学校で学びました。国立の教育機関として1968年に設立され、「世界最高水準のトップ経営者の育成」をめどしました。妻の和世さん(38)は同級生です。

「全国から農業後継者が集まっていて、刺激にもなるし、それぞれの地域のやり方についても知ることもできた」と話します。

4月には中学3年生になる長女、中学1年生になる長男、小学5年生になる次女の3人の子どもがいます。原発事故直後は1ヵ月ほど和世さんの実家の神奈川県に避難しました。

子どもたちの学校が再開されることをきっかけに田村市に戻りイチゴや野菜作りに専念しました。

■完熟させて販売

蒲生さんのイチゴハウスでの栽培方法は、養液栽培ではなく土壌栽培です。イチゴを完熟させて販売。「甘い」と消費者からは歓迎されます。「基本は土づくり。有機肥料で安心安全なイチゴを作っている」と自慢です。

「糖度は18度。スーパーで売られているのは平均12度ですから、どこにも負けません。地元で買ってもらえるので完熟させられます。真っ赤っかのイチゴを見ると『やった!』と、うれしくなる」。地産地消の強みを強調します。

「イチゴの親苗を育成させて来年の春までに出荷できるように頑張ります。地域に根ざして『おいしいな』という声を励みに再建させます」
(菅野尚夫)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です