国の天然記念物に指定された日本三大巨桜の一つ、福島県三春町の「三春の滝桜」の子孫木を増やす仕事を続けている人がいます。同町で農業を営む近内(こんない)耕一さん(80)です。
滝桜は、樹齢1000年を超え、樹高12メートル、幹周り9・5メートル、枝張り東西22メートル。三春町長らは、2月にブータンを訪れ、滝桜の子孫木を贈呈しました。ブータン国王が被災地を訪問してくれたことへのお礼です。オーストリア、ポーランド、ハンガリー、台湾など海外にも子孫木は送られています。
東日本大震災と東京電力福島第1原発事故後、観光客は激減しました。最高時30万人を超えていた花見客は、昨年(2012年)は21万人。町役場は「今年は集計中です。昨年よりは増えていますが…」といいます。
滝桜を一目見た人は「身近なところでこんな桜が見られたなら幸せ」とロマンに誘われ、滝桜の子孫木を増やそうと苗木を買い求めていきます。
68歳で苗木販売
近内さんは、こうした花見客に苗木販売を始めたのは68歳になってからでした。稲作のほか養蚕とタバコ作りで生計を立てていましたが、いずれも斜陽産業。転作を余儀なくされたためでした。先駆者の先輩が「後継者としてやってみろ」と100本の苗木を分けてくれました。熱心な指導を受けて自立できるようになりました。
6月ごろに桜の実の種を拾います。これをネットで包んで土に保存します。翌年2月に発芽させて構えつけます。発芽させたものを1年間育てて台木にします。接ぎ木の基本は、しつかり根の張った台木をつくることです。台木に穂木を接ぎ木し、育てます。同業者の成功率は70%から80%ですが、近内さんの接ぎ木の成功率は90%を超えています。
今年2月には1300個の種を植えましたが、5本しか育ちませんでした。「発芽しない。苗不足が心配です」と不安がります。「異変が起きています。発芽率が3割減ったというのが接ぎ木仲間からの報告です。サツキの盆栽をしている農家からも『原因不明で枯れてしまった』という話が話題になっています。放射能が原因でなければいいのですが…」
「滝桜の娘」といわれて樹齢約400年といわれる「紅枝垂れ地蔵桜」の接ぎ木にも挑戦している近内さん。「接ぎ木が成功して、買ってくれた人から『桜咲きました』と電話が来る。お金にかえられない喜びです。『咲いた』という便りが心の花です」という近内さん。
植樹200本が目標
1万9000坪の畑を桜でいっぱいにすることが夢です。200本の桜を植えるのが目標。すでに100本を植えて60本は咲き始めました。
「三春の滝桜と放射能汚染は相いれません。人間も動植物など生き物は全部被害者です。危険なものは避けてほしい。人間が滅亡してしまいます。危険な原発はゼロにしてほしい」と話しています。
(菅野尚夫)