居酒屋店長が包丁を握り、酒屋の4代目が笑顔で接客。福島県大玉村で食料品や日用雑貨を販売する仮設店舗「えびすこ市・場」の日常です。渡辺吏店長(53)ら11人は、東京電力福島第1原発事故で全町避難が続く同県富岡町の商売仲間。開店から1年が過ぎました。富岡町は警戒区域が3月末に再編されています。
震災前、渡辺さんは富岡町で小売店を営んでいましたが、海から近かった自宅兼店は津波でほぼ全壊。原発事故で店をそのままに町を出て、同県須賀川市のアパートで家族と避難生活をしています。
大玉村には、富岡町民約400人が仮設住宅で暮らします。山間部で周辺に店がなく、町が渡辺さんに出店を持ちかけました。「採算が取れない」と一度は断りましたが、福島市や郡山市に避難する仲間が集まり、考えを変えました。「長引く避難生活の中で『何かをしていたい』と思った」と振り返ります。
昨年(2012年)4月26日に開店。店名は町の商店街で行われていた「えびす講市」にちなみます。壁には津波で駅舎が壊れたJR富岡駅の被災前の姿や、富岡町の桜の名所を描いたパネルを飾りました。お年寄りには、毎朝の安否確認や商品の宅配もします。
店内の長机では、客同士やスタッフも交え、手作りの総菜や弁当を食べながら話が弾みます。仮設住宅に暮らす鈴木康弘さん(66)は「ご飯を食べたり話したり。富岡の交流の場になっている」と笑顔を見せます。
「警戒区域の再編で『帰る』という選択肢が出てきて、新しい悩みができた。もちろん帰りたい。けど、本当に帰っても大丈夫なのか分からない」。渡辺さんは複雑な心境を語ります。
古里の町で開いたばかりの店、米や山菜を育てる自給自足の生活、荒れ放題になった自宅…。
それでも、渡辺さんたちは前を見据えます。「総菜一つでも、仲間と話しながら決めるのは楽しい。つらく悲しい話じゃなくて、おれたちが明るく生きようと頑張ってる姿を知ってほしい」。
オープン1年を迎えた仮設店舗「えびすこ市・場」の前に立つ、渡辺吏店長(左)とスタッフ=4月27日、福島県大玉村