発生から13年あまりたっても収束の見通しもたたない東京電力福島第1原発事故。政府の工程表では、2051年までに「廃炉」を完了するとしていますが、その現実性を疑う声が広がっています。核燃料の専門家で、日本科学者会議原子力問題研究委員会の委員を務める岩井孝さんに、同原発の「廃炉」の課題と展望について聞きました。(中村秀生)
「40年で更地」可能か
―廃炉の最難関は、1~3号機で核燃料が溶けて炉心構造物やコンクリートなどと混ざって固まった「核燃料デブリ」の取り出しです。原子力損害賠償・廃炉等支援機構(NDF)の小委員会が今年3月、デブリ取り出し工法を検討した報告書を公表しました。これをどうみますか?
報告書に書かれている通り、原子炉格納容器内は入ると死んでしまうほど放射線量が高く、デブリ取り出しは困難です。
米スリーマイル島原発事故(1979年)の場合、溶融した核燃料は原子炉圧力容器内にとどまりました。圧力容器に水を張って放射線を遮蔽(しゃへい)しながら、上方からデブリをほぼ全量取り出すことができました。
福島第1原発1~3号機では、デブリは圧力容器の底を突き抜け、原子炉格納容器に落下しています。デブリには、燃料被覆管のジルコニウムの酸化物などが含まれ、非常に硬いはずです。それを削ったり砕いたりして遠隔ロボットで回収するしかありません。
格納容器内は調査されてきましたが、圧力容器の中はのぞいて
見ることさえできていない。シールドプラグ(原子炉上部の板)がとてつもなく汚染され、開けることも難しい状況です。
NDFの報告書は、3号機を対象に、(1)デブリを水につけた状態にして取り出す「冠水工法」、(2)気中で取り出す「気中工法」、(3)(気中工法の選択肢として)充てん剤を注入してデブリを安定固化してから掘削などで取り出す工法―を検討しています。私は、状況からみて気中工法は難しいと思います。冠水工法なら、時間をかければできるかもしれません。
―2号機のデブリ数グラムの試験的取り出しも難航しています。51年までの「廃炉」完了の現実性をどう考えますか?
「できる」というためには、そろそろ具体的な工程を示さなければならない時期です。デブリの総量は推定880トン。3基から1日当たり計1トン回収したとしても880日かかります。年間の稼働日を200日とすれば4年超です。回収量が1日当たり100キログラムなら40~50年かかります。
しかし、報告書は工法のメリット・デメリットを並べただけで、どれくらい時間をかけてどれくらい取り出すのか、定量的な検討がありません。
こうした目標を立てようがないくらい、デブリ取り出しは行き詰まっていると言えます。
更地にできるのか、という問題もあります。
日本原子力学会の廃炉検討委員会による「国際標準からみた廃棄物管理―廃棄物検討分科会中間報告」(2020年)では、デブリ取り出し後、汚染した機器や構造物、汚染土壌などを撤去して敷地が再利用できるようになるのに100年以上かかるとしています。
浜岡原発1、2号機で発生する低レベル放射性廃棄物の量は計2万トン。全国の原発をすべて合わせても50~100万トン程度ですが、処分先の見通しもありません。事故を起こした福島第1原発では、780万トンにものぼると試算されています。これをどこに処分するのでしょうか。
原子力の専門家による科学的な検討は、福島第1原発の「廃炉」について、30~40年間でデブリを取り出して更地にするという考えに疑問を突きつけているといえます。これが大方の科学者の見方だと思います。
―「廃炉」をめぐる、他の課題は?
地下水などが原子炉建屋に流入することで汚染水が増え続けています。このままでは、いつまでも汚染水を処理して海に流し続けることになります。汚染水処理で発生する放射能汚泥もやっかいです。容器から漏れ出すリスクがあるので、いずれは固体化しなければならないでしょう。
汚染水を増やさないためには、地質学の専門家たちが提案している「広域遮水壁」の設置が有効だと考えます。具体的な工法も、およその建設費も示されています。
建屋への地下水流入を止めれば、海洋放出をする必要もなくなります。さらに広域遮水壁は、建屋周辺の汚染土壌からの放射性物質の海への流出も防ぐこともできます。
しかし政府や東電は、広域遮水壁について真剣に検討しているようにみえません。どんな不都合があるのか、疑問です。
1、2号機の核燃料プール内に残っている燃料は、早めに取り出して乾式貯蔵したほうがリスクは小さくなります。1号機はがれきの撤去、2号機は高い放射線量が課題ですが、デブリと違って時間をかければ取り出せるとみています。
社会的合意が大切
―事故の後始末をどうすべきだと思いますか?
「デブリを全量取り出して、更地にする」という方式にこだわらずに、まずは一定程度、安定な状態を早く実現し、それを見守りながら時間をかけて国民的に議論するべきだと考えています。
私の提案は、デブリ取り出しも原子炉解体もせずに事故機の建屋を上部から堅固な構造物で覆って、下部にお椀(わん)状の「地下ダム」を設置して地下水と遮断する方式です。
その状態で安全を確保しながら、少なくとも数十年間は“時間かせぎ”をして、デブリを取り出すのか、原子炉を解体するのか、大量の廃棄物をどこに処分するのか―などの最終的な処分の形について、社会的な合意をつくることが大切です。
外国では、通常の原子炉も事故炉も、時間をかけて廃炉の形を議論して進めています。
政府や東電をみていると、大多数の人が不可能と思っていることを「できます。やります」と言い、当初の「廃炉」のストーリーを動かさないことを最優先にしているように思えてなりません。
それに固執することによって、デブリを取り出すために作業員が“決死隊”のように高線量の被ばくをしたり、ストーリーを崩さないために有効な対策を遠ざけてしまうなど、変な方向に進まないかが心配です。
政府は、現実から逃げずに、これまでの原子力政策を続けてきた責任として、頭を下げて方向転換することが必要ではないでしょうか。
―他の原発の廃炉も進められていますが、困難が予想されます。
放射性廃棄物をどこにどう処分するのか、考えてこなかったツケです。ボタンを掛け違えたのではなく、ボタンを掛けてこなかったのです。
しかし、現に発生したものは何らかの形で安全に保管せざるをえない。自分の目の前からなくなってしまえばいいということではないのです。いつまでもボタンを掛けないわけにはいきません。
原子力政策に賛成してきた人も、反対の人も、正面から真剣に考えなければならない時期にきていると思います。
いわい・たかし 1956年千葉県生まれ。京都大学大学院工学研究科修士課程(原子核工学専攻)修了後、81年に日本原子力研究所(現・日本原子力研究開発機構)に入所。2015年に退職するまで、おもに高速増殖炉用プルトニウム燃料の研究に従事しながら、労働組合委員長なども務めました。
(「しんぶん赤旗」2024年4月28日より転載)