福島県郡山市で開かれている第55回全国保育団体合同研究集会in磐梯熱海は30日、講座や分科会などで学び、交流しました。
同県実行委員会主催の特別企画「ふくしまに住み続けて 2011年3・11 あの日から12年」。子どもの育ちをどう守ってきたか、保育はどうあるべきかを交流しました。
5人の保育者や保護者がリレートーク。福島市のさくら保育園前園長、齋藤美智子さんは、震災から5年の子どもたちの姿を伝えた『福島の保育 第14集』を紹介しました。
「子どもがいる限り、保育園はあり続ける。どんな保育園であったらいいのかを問い続けてきました」。見えてきたのは、保護者の思いをくみ取りながら保育する大切さや、長らく制限されてきた外遊びの回復、そして保育者の処遇改善でした。
「なんでもない普通の日々を子どもたちに手渡すために、とんでもない時間がかかった」と齋藤さん。にもかかわらず国は、原発再稼働や新増設を進め、汚染水(ALPS処理水)の海洋放出を今夏にも強行しようとしています。「何も終わっていないのに、なかったことにされようとしている。福島であったことは、二度とあってはいけない」と訴えました。
同園に3人の子どもを通わせた佐藤晃子さんは、保護者の立場から発言しました。
放射能から子どもたちをどう守るかをめぐり、保護者と保育者が対峙(たいじ)するようなピリピリした空気。保護者同士も「この人はどんな情報に基づいて生活しているのか」を探り合っていました。子どもを避難させない自分を責める保護者も。「対応が自治体や園、個人任せだったのが、大きな問題でした」
佐藤さんはこうした話をするたびに「必要な支援は?」と問われてきたと言います。「震災でも新型コロナでも、弱かったところがますます置き去りにされました。保育なら保育、医療なら医療とそれぞれの持ち場でがんばり、医療や福祉を充実させる。それが最大の支えになると思います」
(「しんぶん赤旗」2023年7月31日より転載)