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故郷の文化・歴史を伝える大字誌に熱い注目・・「暮らしの記憶 原発事故で消されたくない」

 いま「大字誌」が注目されています。大字とは市町村内部の身近な生活圏です。東日本大震災・東京電力福島第1原発事故からまもなく11年。被災地域が変貌するなかで、故郷の文化・歴史を、自分たちの足元から調査し、記録・保存していこうというとりくみの一つです。(徳永慎二)

 「大字誌はこれまでも、北海道や沖縄(沖縄では字誌)などで、住民が地域の歴史を明らかにする活動としてとりくまれてきました」

 こう話すのは、国文学研究資料館(東京都立川市)教授の西村慎太郎さん(47)です。

住民の要望に研究者応える

 「私たちの身近な地域では先人たちが生き、営み、時に邪悪な権力にのみこまれることもあったでしょう。大字誌は、そうした身近な地域から歴史を見ていこうという実践です」と力説します。

 西村さん自身、これまで福島県東部の浜通りの三つの大字誌を編さんしてきました。浜通りは、津波と東電福島第1原発事故の被害を受け、今も住めない地域を抱えています。「大字誌をつくるきっかけはさまざま」だといいます。「住民の方たちが、自分たちはもう戻ることはできないからとか、国が『復興記念公園』をつくったら景観を含め地域の歴史がすべて壊される、なんとかしたい、などというものです」

 住民の発案や要望に研究者が応える形で、すすめられました。「両竹(もろたけ)」という地域では、3冊の大字誌が出され、今後1年に1冊、計10冊を出そうという計画に発展しています。

浪江町権現堂 双方向で調査

 いま、西村さんは浪江町権現堂の大字誌にとりくんでいます。大震災から10年目に始めました。手法はユニーク。西村さんが調査した結果を毎日ブログで更新します。書き出しは「さて、浪江町大字権現堂を勉強中の西村慎太郎です」といったぐあい。ブログ読者から多くの情報が寄せられ「双方向同時進行ドキュメント」となりました。

 70日目で『「大字誌浪江町権現堂」のススメ』にまとめ、権現堂の由来など多くの歴史的事実を明らかにしています。江戸時代、浪江町の請戸(うけど)港からは、約2800俵の年貢米が江戸に運ばれていたことも一例です。西村さんは「当時の喧騒(けんそう)が聞こえてきそうです」と書いています。ブログはいまも続行中です。

 同書の制作にもかかわった、浪江町出身の歌人で、版元の「いりの舎」の三原由起子さん(42)は「日本のどこにでもあった暮らしの記憶を、原発事故で消されたくないという気持ちがあります」といいます。「浪江で戊辰(ぼしん)戦争があったことを、西村さんに出会って初めて知りました。権現堂の歴史を知って、大字誌ってすごく大事だと考えるようになりました」

歴史や生活の「町内ツアー」

 昨年10月、浪江町立請戸小学校が震災遺構として公開されました。かかわった浪江町の鈴木智和さん(46)は「津波や震災、地域の記録を後々まで伝えるためです。地域の神社や石碑がなくなっていくのは悲しいことです」といいます。「私たちだけで地域の歴史を調べようとしてもなかなか難しい。専門家の力を借りて記録として残すことは大切なことだと思う」と、大字誌編さんの意義を話します。

 浜通りの富岡町出身の秋元菜々美さん(23)は震災当時13歳でした。

 学生時代から自らの意思で「町内ツアー」に取り組んで5年になります。「ツアーでは、地域の歴史やここでの生活を紹介しながら、風景にからめて話をしています。自分の地域に持ち帰って考えてもらえたらありがたい」と語ります。

 「学校や商店街が解体される中、どんな街づくりをするか、地域の歴史をふりかえることは欠かせません。その意味でも大字誌は大変重要だと思います。その編さんを続けておられる西村さんには、これからも力になってほしい」

27日に出版記念シンポ

 ◆『「大字誌浪江町権現堂」のススメ』出版記念シンポジウム「地域の歴史と共に考えるこれからのコミュニティ~大字誌から学ぶもの~」 27日(日)午後1時半開会。福島県いわき市のいわき芸術文化交流館アリオス(いわきアリオス)。入場無料。問い合わせ・申し込み=いりの舎・メールirinosha@gmail.com

(「しんぶん赤旗」2022年2月5日より転載)