地学者グループが解析・論文集 汚染水根本解決へ提案
地学の研究者や愛好者らでつくる学術団体「地学団体研究会」(地団研)の有志グループが7月、論文集『福島第一原子力発電所の地質・地下水問題―原発事故後10年の現状と課題―』をまとめました。政府と東京電力が進める汚染水対策について、公表資料の分析や野外調査をもとに、専門的立場から問題点を明らかにし、根本解決に向けた提案も示しました。編集責任者の柴崎直明・福島大学教授(福島県廃炉安全監視協議会専門委員)に取り組みの意義を聞きました。(中村秀生)
―活動のきっかけを教えてください。
2013年、事故後2年以上たっても汚染水問題が頻発しました。そのころ福島県からの要請があり、この問題に本格的にかかわりました。地質や地下水について何も具体的なことが分かっていないと直感しました。
その後、関心あるメンバーと勉強会を重ねるなかで、地層や化石、火山灰や地下水など異なる分野の専門家が集まって総合力で取り組む「団体研究」を進めようという話になり、15年2月にグループが発足しました。
通常の研究なら自由に現地調査できます。しかし原発事故ですから、敷地内には入れず、周辺地域も汚染されており立ち入りは制約されます。そこで(1)国と東京電力の資料を丹念にチェックする(2)敷地内と似た地質条件の南相馬市などで現地調査をする―という二つの目標を掲げました。
地層に泥岩
―今回、どんなことを明らかにできましたか。
ボーリング調査をしても“点”で掘っただけなので、横にどうつながっているのか、なかなか分かりません。しかし東電は原発敷地内の地質構造を単純に描いています。
私たちは、敷地と共通する地層をいろんな場所で調べました。海底地すべりでできたくぼ地の堆積物があり、厚さ40メートルもある砂の地層を発見しました。草かきガマでスカスカ切れるほどやわらかい砂です。この砂の層は東電が「中粒砂岩層」と呼ぶ原発敷地内の地下水の通り道に対応しているらしい。この層には不規則に泥岩が入っているところがあるなど、堆積構造が複雑であることが分かってきました。
これでは、原発敷地内の地下水が複雑な動きをするはずです。地質を調べないと、汚染水対策の効果も落ちるだろうと、つくづく感じました。
―原子炉建屋の地下の地盤を凍らせて地下水流入を防ぐ「凍土壁」の効果は限定的ですね。
どの深さまで凍らせれば地下水を止められるのかという検討が不十分でした。また、底面は何もしていません。水を通しにくい泥岩層が緻密(ちみつ)にあればいいが、地層の境界がデコボコしていたり、ところどころに砂岩があったり…。亀裂の影響もよく分かっていません。深い所の圧力が高く水の通り道があると、地下水は上向きに流れます。
独自の解析
―地下水流動については独自のシミュレーション解析もしました。
最初に東電の解析結果を見たとき、「ずいぶん簡単なモデルだ。対策に生かせないのではないか」と思いました。地下水の動きは平面的だけではなく、浅い所から深い所までの動きを3次元的にとらえないといけません。東電は、地層区分を簡略化しているうえ、時間変化を考慮していません。
私たちは、地層の不均質性や、雨の降り方や汚染水対策の効果の時間変化を考慮したモデルをつくりました。地道に公開データを入力して、モデルを調整しました。
地下水バイパス(原子炉建屋への地下水流入を減らすため、上流の井戸から地下水をくみ上げる対策)に、ほとんど効果がないことが確認できました。観測記録だけでは原因がなかなか分からなかったのですが、井戸1本ごとの水の出方と地層に粘土がどれだけ入っているか、関係を調べたらよく合いました。粘土が多いと効果が広がりません。粘土で遮られ、建屋地下とは違う地層から水をくんでいる感じです。
きちんと調査してから井戸を掘るべきでした。
公開データが限られ、私たちのモデルの検証は十分ではありませんが、東電より真面目に解析できたと思っています。
―汚染水の海洋放出についてどう考えますか。
事故後10年もたって、まだ毎日140トンの汚染水が増え続けています。根本的な対策を取らずに海洋放出しても“イタチごっこ”です。
私たちは、廃炉に向けた長期的対策として、(1)広域遮水壁(2)水抜きボーリングと集水井―という二つの提案をしました。
(1)は、現在の凍土壁の外側領域の地盤に、セメントなどを注入して止水します。総延長3・7キロメートル、深さは水を通しにくい泥岩層に確実に到達する35~50メートル。ダム建設で実績のある工法です。
(2)は、地下水バイパスより効果的に広い範囲の地下水の水位を下げるもので、地すべり防止に使われる在来工法です。
地下水の流入を止めれば汚染水は増えず、海に流さなくてすみます。
次の世代へ
―活動を振り返った感想を教えてください。
私の研究テーマは、もともと安全な飲料水。汚染水ではありません。しかし、専門家は社会とかかわらないといけない。今回の取り組みでは、地学のさまざまな分野の専門家が、自分の興味に走るのではなく、専門知識を原発敷地の実態解明につなげました。分野をまたぐ交流と発見があり、それを実感できました。
全国の原発の地下水問題、核のゴミの処分も、地学の専門家が考えていかなければならない問題です。次世代に引き継いでいきたいですね。
(「しんぶん赤旗」2021年10月4日より転載)