漁民も自治体も協同組合も
政府が、東京電力福島第1原発から出る放射能汚染水を処理した後のトリチウム(3重水素)を含む汚染水(処理水)の海洋放出を決定してから1カ月半がたちます。地元・福島県では、反対や不安の声が収まるどころか勢いを増しています。(福島県・野崎勇雄)
政府と東電は2015年8月、「関係者の理解なしには(処理水の)いかなる処分も行わない」と福島県漁連と約束。放射能汚染水の海洋放出という4月13日の政府決定は、漁業関係者にとって「寝耳に水」でした。
目の前の寒流と暖流がぶつかる「潮目の海」で取れる魚介類が「常磐もの」と高い評価を得てきた福島県いわき市の漁業。同市漁協は七つの港の沿岸漁業者の組合です。
いわき市で4月下旬から5月中旬にかけ、市漁協による国の担当者を呼んだ説明会が5回に分けて開かれました。同漁協役員と7支所の代表、底引き、船引き、採鮑(ウニ・アワビ、釣り)など5グループ、119人が参加しました。
約束をほご
説明会出席者によると、国担当者の型どおりの説明後、漁民から異論が相次ぎました。
「海洋放出決定を受けて説明会とは、プロセスが違うのではないか。まず現場に説明して、そこから積み上げるのが筋ではないか」「一方的に約束をほごにするものだ。漁民として納得する人はいないぞ」
福島県漁連は3月で試験操業を終え、4月からの一定期間を本格操業に向けた移行期間と位置付けています。「本格操業に向けて準備を始めた矢先の『決定』だ。なぜこのタイミングなのか」。いわき市漁協に限らず、うめくような声がどこでも上がっています。
「漁獲量をあげていこう、福島県の魚を広く消費者に提供していこうと頑張っているが、出はなをくじかれた思い」と話すのは、いわき市漁協の新妻隆専務理事です。
同市漁協の漁獲量は昨年783トン。一昨年の683トンから100トン増えました。「右肩上がりをめざしている今年は、いまのところ順調」と言いつつも、気を抜けない日々が続きます。
新妻氏は「とくに後継者の間で、消費者から(海洋放出などで)福島県の魚介類に対する不信感を持たれながら、生業(なりわい)としての漁業につくのはどうなんだという悩みがある。若い人たちが自信をもって働けるようにしてほしい」と訴えます。
意見書続々
政府決定から時間がたつなかでも不安や怒りの声は消えず、県内地方議会でも反対や撤回を求める動きが広がる勢いです。
決定前に、県議会と市町村の約7割の42自治体議会で反対や慎重な対応を求める意見書を可決。そのうち南相馬市議会では、決定後の4月27日に開いた臨時議会でさらに、決定に抗議、撤回を求める意見書を可決しました。いわき市でも今月21日の臨時議会で、陸上保管継続を求める意見書を可決。ともに全会一致です。
相馬市議会や新地町議会でも、6月議会で撤回を求める意見書を採決する動きです。
福島テレビと共同世論調査した地元新聞「福島民報」(10日付)でも、「処理水」に関する国民の理解は「まったく深まっていない」32・8%、「さほど深まっていない」37・9%で、政府の説明不足を裏付け。決定を肯定したのは18%。不安を感じ、反対や慎重な対応を求める世論が多数だということを示しています。
JA福島中央会、県漁連、県森林組合連合会、県生活協同組合連合会を主な構成団体とする「地産地消運動促進ふくしま協同組合協議会」(会長、菅野孝志JA福島中央会長)も4月30日、海洋放出反対の共同声明を発表しました。
共同声明では、「漁業者はもとより国際社会や国民の理解醸成や世論形成が真摯(しんし)になされることを通じて、『不安』や『風評被害』が発生せず本県漁業・水産業をはじめすべての産業において復興が阻害されず着実に進展していけるということに確信が持てるまでは、海洋放出には反対する」と表明しています。
不安 払しょくできず
JA福島中央会担当者の話 今回の決定後に政府担当者から説明を受けたが、「風評被害」を起こさないとする内容については具体的な方法が示されていません。原発事故後10年の間にさまざまな対策を講じてきたものの、依然として被害が続いており、今回の説明内容では不安を払しょくすることはできません。
賠償についても、これまでの東電の賠償姿勢には多くの問題があると認識しており、どのように適正に賠償させるのかを明確にしていないなかでは安心できません。
今後は、放出までの2年間で不安材料を取り除くという政府の取り組みを注視していきます。
(「しんぶん赤旗」2021年5月31日より転載)