国が滅びるかどうかという大問題 真の危険性伝えなければならない
関西電力大飯原発の運転差し止めを命じた2014年5月の福井地裁の判決は、東京電力福島第1原発事故後初めて原発の運転差し止めを命じた判決でした。この判決を裁判長として出した樋口英明氏が、『私が原発を止めた理由』(旬報社)を出版しました。その思いを聞きました。(松沼環)
―本を書いた理由を改めて。
原発事故があって、原発が絶対安全だということは間違いだと分かりましたが、それでも多くの人は今なおそれなりに安全と思っています。
しかし、原発の危険性は極めて大きいのです。多くの人が原発の危険性を知らないのは、福島第1原発事故で、一体何が起きていたのか、マスコミがほとんど報道しないし、政府もひた隠しにしているからです。
原発は国が滅びるかどうかという本当に大きな問題だということを伝えなければならないと思ったのです。
エネルギー問題やCO2(二酸化炭素)の問題もあるので、事故発生確率が低かったら原発の運転が許されると考えている人たちにも、原発の本当の危険性を知ってもらいたいと思いました。
―福島第1原発事故で何があったのか、原発の本当の危険性というのは。
福島第1原発の吉田昌郎所長(故人)は、2号機の格納容器が破裂するのではないかと思い、自分の死と東日本壊滅を覚悟しました。
また、当時の原子力委員会の近藤駿介委員長は、原発から250キロ圏内が避難区域になると想定しました。
そういった事態を免れたのは、考えられないくらいの数多くの奇跡があったからです。
原発事故の被害の大きさは、国が想定している半径30キロが標準ではなく、250キロを標準としなければならないのです。東日本壊滅とか西日本壊滅とか、これが原発事故の本当の被害の大きさです。
さらに原発は事故の発生確率も高いのです。通常、被害が大きいと事故発生確率は低く抑えられているのです。
―原発以外の技術ではということですね。
そうです。低く抑えられているはずだという思いに、いやなことは起きないはずだという心理的な正常性バイアスが加わって、原発事故の被害が大きいと思っている人でも、事故発生確率は低いと思ってしまうのです。
東日本壊滅を免れたのは信じられないくらいの数々の奇跡があったからだという事実を多くの人が知ることによって、国民の意識が変わると思います。
―原発の耐震性が低いことを強調していますね。
日本で観測された最も強い地震の揺れの加速度は4022ガルですが、原発の耐震性は4022ガルに耐えられるか耐えられないか、という議論ではまったくないのです。
私が大飯原発の運転差し止めを命じた裁判では、当時の基準地震動(想定される地震の揺れ)700ガルを超える地震は大飯原発の敷地にはまず来ないというのが、関西電力の主張でした。
700ガルの揺れは、震度6に相当します。700ガル以上の揺れが観測された地震は2000年以降の20年間だけで30回もあります。さらに700ガルを超える揺れが観測された地点は、地盤が硬い所も軟らかい所も含めていくらでもあります。大飯原発の敷地に限って700ガル以上の地震は来ないという関西電力の主張はまるで信用できません。
例えば、大飯原発に1週間以内に震度6以上の地震が来ますと言ったらこれはまさしく地震予知です。では、今後50年間にわたって震度6の地震は大飯原発には来ませんと言ったら? これもまさしく地震予知です。
現在の学問レベルでは、地震予知ができないのに「ここには来ません」という予知だけができるといったら、それはとてもおかしなことです。
―一般住宅と原発の耐震性を比較していますね。
一般住宅は古い建物は別として、だいたい1500ガルくらいの地震に耐えられるようにできています。震度6強から震度7の間です。震度6強、震度7の間ぐらいの地震では壊れないように建てなさいと、法律で命じているのです。
地震で自分の家も勤め先のビルも工場も倒れなかったのに、その地震によって原発事故が起きて避難を余儀なくされたとしたら、耐えられることではありません。また社会通念上も許されないはずです。だから、一般住宅と原発の耐震性を比べることが大切なのです。
原発の建屋や原子炉は1500ガルやそこらでは壊れないでしょうが、原子炉につながっている配管とか配電が壊れると、福島原発事故のように核燃料を冷やせなくなって原子炉も壊れてしまう。
―原発の問題はわが国が解決すべき最優先の課題と指摘しています。
政治や経済に関するあらゆる問題が解決に向かっている途中、または解決した日の翌日に、原発事故が起きてしまうと全ては水泡に帰してしまうのです。コロナ対策の議論も原発事故が起きてしまうとふっ飛んでしまうのです。これは万が一の話ではなくて、事故発生確率が高いのですから、原発をなくすことは最優先の課題なのです。
裁判所は世間から思われているよりは、健全な組織だと思っています。原発の真の危険性を、まず裁判官に分かってもらわなくてはいけないのです。
忖度(そんたく)とかヒラメ裁判官とか、言われていますが、自分の判断に自信が持てない場合に、上級審がどう判断するのかを考えてしまうのです。結論に自信がない場合には、上級審で破られるような判決は書きたくないという心理が働いてしまうのです。
だから、判断に迷いなく自信があれば、ヒラメ裁判官も忖度もなくなるのです。原発の真の危険性を裁判官が知ったならば、忖度なんて働かないのです。
また、国民の目も大事です。国民から見ておかしいと思われる裁判はできないですよ。国民が原発の真の危険性を知った上で裁判を見てくれれば、住民側が必ず勝つと思います。
(「しんぶん赤旗」2021年5月13日より転載)