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福島原発生業訴訟 高裁判決を前に 原告座談会(上) たたかって変えたい

生業訴訟について話し合う弁護士ら

 東京電力福島第1原発事故をめぐり、福島県などの住民3627人が国と東電に損害賠償と原状回復を求めた「生業(なりわい)を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟の控訴審判決が30日、仙台高裁であります。全国で約30ある同様の訴訟のうち、国の責任をめぐる初の高裁判決となります。判決にかける思いなどを原告と弁護士に話し合ってもらいました。(菅野尚夫)

 ―国と大企業の東電を相手にたたかいを挑むということは勇気のいることだと思いますが。

 中島孝原告団長 福島県相馬市で魚屋をしてきました。原発事故で漁は操業停止となりました。魚を売って生活ができるのか、不安が広がりました。一方で関西電力が大飯原発を再稼働すると決めたことに衝撃を受けました。原告になったのは、たたかわないと何も変わらないと思ったからです。

自分のこと

 渡部保子原告 県南で子育てしていたころは原発の地域は遠い存在でしたが第1原発が爆発し、浜通りから逃げてきた人の救援活動と自分たちも被ばくをさける活動をするなかで自分が無知だったことを痛感しました。それを40年も前から原発の危険性を訴えてたたかっていた方たちがいたわけですから自分のこととしてやろう、司法の場でしかできないと思いました。

被害伝える

 服部崇・県北農民連事務局長 9年6カ月前は、原発の「げ」も知らなかった。多くの県民もそうだったと思います。直接の被害を真っ先に受けたのは農民です。全国に誇れるモモやリンゴが「福島産」というだけで売れなくなった。須賀川市でキャベツなどを作っていた野菜農家が自殺。2011年4月26日、東電と交渉をしたとき、遺影をもって参加した奥さんは「原発を止めてください」と強く迫りました。「夫を返して」と言いたいだろうに、原発ノーをキッパリ迫ったことに感動しました。東電は「ご迷惑をかけています」としか言わないのです。誰の責任でこんな事態を招いたのかを明確にしたい―それが原告になったわけです。

 鈴木雅貴弁護士 私は静岡県の出身で、中部電力の浜岡原発が実家から30キロのところにあります。3・11は衝撃的でした。福島原発事故はひとごとではなかった。福島に行って被害を知り、伝えたいと思い、弁護団に加わりました。

 阿部一枝原告 私の周りの人たちは原発建設で補償を受けて裕福な人もいました。その原発が爆発するとは思いもよりませんでした。原発事故が起きて、「水は飲むな」「魚は食べるな」と忠告され、本当のことを知りたかった。中島団長のことを知り訪ねると、訴状を見せてくれました。読むと、国と東電は誰も責任を取らない、怒りでいっぱいになりました。原告になると、それまで付き合いのあった人たちから「何やっているの」と言われ、離れていきました。ピアノの先生をしていたのですが、生徒は減りました。でも雨の日も風の日も裁判所に通いました。国と東電にはキッチリと責任を取ってもらいたいと思います。

 (つづく)

(「しんぶん赤旗」2020年9月22日より転載)