福島県矢吹町の安斎正夫さん(79)は、中学の美術の教師でした。毎年開かれるふくしま平和美術展の実行委員会事務局長を務めています。
矢吹町は福島県南に位置し、東京電力福島第1原発から60キロ近く離れています。
福島第1原発事故から放出された放射能は、広範囲に県内外に広がり、原発から遠い白河市や須賀川市、矢吹町まで放射性物質で汚染されることとなりました。
■衝撃的な出来事
衝撃的な出来事が起きました。
矢吹町に隣接する須賀川市でキュウリ、ブロッコリー、キャベツなどを作る野菜農家の樽川和也さんの父親が原発事故発生の2週間後に自ら命を絶ちました。原発事故による福島県産野菜の出荷停止の知らせに悲観したのです。
安斎さんは言います。「あのころは地元の野菜は食べられませんでした。私は3・11の日は心臓病の手術で入院していました。看護師さんが患者にヘルメットをかぶせてくれました。野菜などの入荷がなく食事はおかずがありません。ご飯と汁だけとなりました」
安斎さんは、子どものころに足に大やけどをしました。「小学生のころに走り回れない私に父親がクレヨンを買ってくれて絵を描くようになりました」
絵を描きながらできる仕事として中学の美術の教師になりました。
■願いを形に残す
安斎さんの作品に絵本の『乙女の像』があります。
モデルの「乙女の像」は白河女子高等学校(現・白川旭高等学校)創立70周年記念事業で建てられました。
1945年4月12日、保土谷化学郡山工場に学徒動員された白河女子高等学校の生徒14人が空爆で命を奪われました。この戦争被害を元小学教諭の江口皓也さんが作品にし、それを安斎さんが絵にしました。
絵本は、平和の大切さを伝えるために「戦争で苦しんでいる人がいます、平和って何だろう。そのために何ができるの」と、問いかけています。誰でも語り伝えられるように、小学生にも見てもらえるように描きました。
ふくしま平和美術展には東日本大震災後、原発事故を題材にした絵や戦争と平和をテーマにした絵も毎回出展されます。
「平和でこそ絵は描ける。戦争に対する思いや原発ゼロへの願いをかたちに残したい。黙っていることは許すことになる」と、福島からの発信をつづけています。
(菅野尚夫)
(「しんぶん赤旗」2020年8月23日より転載)