ベータ線で内部被ばく
Q 東京電力福島第1原発では、放射能汚染水を処理しても除去できない高濃度の放射性物質「トリチウム」を含む汚染水がタンクにためられています。政府と東電は、薄めて海に放出する案などを検討しています。人体への影響を含めてトリチウムの科学的な論評を掲載してください。(京都の読者ほか)
A トリチウム(3重水素)は、陽子1個と中性子2個からなる水素の放射性同位体です。陽子1個のみの水素に対し、質量は約3倍で化学的性質はほぼ同じ。水分子の水素の一部がトリチウムに置き換わったものが「トリチウム水」です。
トリチウムは半減期12・3年で安定なヘリウム3に崩壊します。
自然界では、宇宙から地球に降り注ぐ宇宙線が大気中の分子に衝突して生成します。天然水には1リットル当たり1ベクレル程度のトリチウムが含まれています。(ベクレルは、1秒間に崩壊する原子の個数を示す放射能の単位)
大気圏内核実験が行われていた時代には、大量のトリチウムが放出されて広く環境が汚染されました。1960年代、日本国内の降水中の濃度が同200ベクレルに達したこともありました。
トリチウムが出すベータ線はエネルギーが低く、紙1枚で遮へいできます。そのため人体への影響としては、外部被ばくはあまり問題にならず、体内に取り込んだときの内部被ばくを考慮します。
トリチウム水の飲用基準としては、世界保健機関(WHO)が、対策の必要性を判断する基準として1リットル当たり1万ベクレルと定めています。欧州連合(EU)は、飲料水の追加調査の必要性を判断する基準を同100ベクレルとしています。
もともと自然放射線による年間被ばく量は日本の平均で2・1ミリシーベルトです。そのうち放射性のカリウムや炭素を含む食品などによる内部被ばく量は0・99ミリシーベルトとされています。
もし同1万ベクレルの濃度のトリチウム水を1年間、毎日2リットル飲み続けた場合に追加的に受ける被ばく量は0・13ミリシーベルトとされ、内部被ばく量が13%増える計算です。
国内の原発で発生したトリチウム水を環境中に放出する際の国の基準(告示濃度限度)は同6万ベクレル。ただ事故原発である福島第1では他の放射線の影響も考慮する必要があり、くみ上げた地下水を海に放出する際は同1500ベクレルを基準に運用しています。東電は、タンクの高濃度トリチウム汚染水を薄めて海に放出する場合も、この濃度を参考に検討する考えを示しています。
年間の放出量は、事故前の福島第1原発での基準(管理目標値)が22兆ベクレル、実績が2兆ベクレル規模でした。タンクの全量を放出する場合、東電が目標とする2051年までの完了には、事故前を上回る大量の放出が必要となります。(2020・5・11)
(「しんぶん赤旗」2020年5月11日より転載)