東京電力福島第1原発事故後、風評被害を恐れ、漁獲量を抑えてきた福島県の漁業が転機を迎えています。県漁業協同組合連合会(県漁連)は低収入にあえぐ関係者の現状を打破するため、水揚げ拡大にかじを切る構えです。値崩れも警戒されますが、漁業衰退への危機感はそれ以上に強くあります。ただ、同原発から出る汚染水を浄化処理した後も放射性物質トリチウム(3重水素)が残る処理水が海洋に放出されれば、良くない風評が再び広がりかねません。関係者は処理水の行方に神経をとがらせています。
売り上げ半減・・苦しい小売り
福島県沖の2019年の水揚げは約3600トンで震災前の約14%にとどまります。風評被害を避け、漁獲量を抑えてきたからです。
こうした中、福島県沖で水揚げされる全魚種が先月下旬、国の出荷制限対象から外れました。魚から検出される放射性物質セシウムをめぐり、国の安全基準を超えるケースが震災後初めてゼロになったためです。県漁連の野崎哲会長は「安全性が証明された」と胸を張り、各漁協に漁獲量拡大の是非について話し合うよう呼び掛けています。
背景にあるのは、長引く漁獲量の抑制で経営が打撃を受けてきた仲買や小売業者の声です。県内最大の漁港があるいわき市小名浜で20年近く鮮魚店を営む伊藤幸男さんは「売り上げはピーク時の半分まで落ち、生活も苦しい。価格は戻ってきたので水揚げを増やしてほしい」と話します。魚市場の関係者も「流通業者は漁師に比べ東京電力からもらえる賠償金が少なく、苦しい状況だ」と指摘します。
相馬双葉漁業協同組合では震災後、仲買業者の3分の2が高齢化や津波による被害を理由に廃業。このままでは漁協が崩壊するため、漁獲量を今後5年で震災前の6割まで戻す目標を設定しました。立谷寛治組会長は「後継者の育成を見据え、現在週3日程度の操業日を増やしていきたい」と力を込めます。
漁獲量拡大に向け、最大の課題は震災前に多くの水産物を売り込んでいた首都圏の販路を確保することです。いわき市は先月上旬、東京・豊洲市場の関係者約30人を小名浜港に招いて放射性物質の検査施設を見せ、水揚げされた魚を食べてもらいました。
豊洲市場の水産取引を監督・指導する担当課長は「厳しい検査体制で安全だと分かった」と太鼓判を押します。都内の飲食店と取引している仲買業者は「まだ他の産地より1〜2割安い。数量が増えれば消費者の抵抗感が弱まり、徐々に価格が戻ってくるのではないか」と分析します。
福島県は昨秋(2019年秋)から先月(2020年2月)まで、首都圏の飲食店で「福島県産」と明記した水産物のメニューを販売してもらう「ふくしま常磐ものフェア」を企画しました。県水産課によると、消費者への調査ではフェアについて計72%が「とても満足」「やや満足」と回答したといい、手応えを感じています。
消費者心理に深刻ダメージ
一方、こうした地元の地道な努力に水を差しかねないのが、トリチウムが残る処理水の処分方法です。
いわき市漁業協同組合の江川章組合長は「海洋放出となれば、漁業者は再起不能のダメージを受ける」。県漁連の幹部も「少しでも安心・安全なものを食べたいという消費者心理を考えると、海洋放出は間違いなくブランドイメージを下げる」と懸念しています。
(「しんぶん赤旗」2020年3月17日より転載)