福島県伊達市月舘町で鮮魚や仕出し、農産物などを扱う総合食品店を営んできた鈴木勝二さん(68)。
「新鮮でおいしい店」と評判でした。近隣の全村避難となった飯舘村、一部避難となった川俣町などの住民も避難先から買いに来るほど人気でした。行商していた父親から商いを継ぎ、1975年ごろ念願の店を持ちました。
■目利きからも
鈴木さんが扱う魚は「常磐もの」といわれ、福島沿岸から茨城沿岸の漁場で取れた水産物でした。「常磐もの」は「築地市場の目利き」たちからおいしさの証しとしてそう呼ばれ、震災前は高値で取引されていました。
震災前は2万5000トンの水揚げがあった福島県内の沿岸漁業。津波の直接被害と東京電力福島第1原発事故による放射能の影響で福島県沖の44種の魚介類に対する出荷制限がかかりました。「常磐もの」は市場から消えたのです。漁師だけでなく、魚屋など小売業者にも大打撃となりました。
「事故後の仕入れ先が変わりました。水産物は福島県外のものになりました。農産物も福島県産は半分以下に激減しました」
がんばってきた鈴木さんですが、2年前に閉店に追い込まれました。原発事故後、店の近隣住民が減り、売り上げが減少したためです。「良いものを売ってきたという自負があり、憤りを禁じ得ない」
食品店閉店後、妻はパートに出ました。鈴木さんの今の生業(なりわい)は「演歌塾」の塾長です。塾生は約40人。鈴木さんの指導は人気です。
■ごう慢な態度
鈴木さんは、2017年、「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟第2陣原告に加わりました。伊達市の「月舘町原発事故被災者の会(1280人)」の一員として訴訟手続きによらない紛争解決を行うADRで解決を求めてきました。東京電力は「団体による損害賠償請求には応じられない」と和解を拒否。加害者なのにあまりにもごう慢な態度にやむなく裁判に踏み切ったのです。
国は、原発から出る汚染水について昨年12月23日、海洋放出、大気放出、その組み合わせという3案を出しています。「福島の教訓をなにも学ばない愚挙です」と抗議します。「海洋放出は漁業者にも大きな打撃を与えます。すでに事故により甚大な被害を被っている被災者に、汚染水の海洋放出によって追い打ちをかけるようなことを言いだしたのです」
「東京電力が起こした原発事故はどれほど私たちの生活を変えてしまったのか理解してほしい」と裁判に託す思いを語っています。
(菅野尚夫)
(「しんぶん赤旗」2020年3月7日より転載)