原発事故を起こしたのはおとな。病気におびえて生きていくのは僕たちです
「普通に隠しごとのない社会で暮らしたい。原発事故の被害者は、いまの日本の社会では、何かに目をつぶり、耳をふさぎ、口を閉ざさなければ生きていけません」。こう語るのは、3月にバチカンでローマ法王に面会し、福島の避難者の苦しみを訴えた鴨下全生(まつき)さん(17)です。ローマ法王の来日(23日)にあたり思いを聞きました。(加來恵子)
生きていることに希望が見えなくて、避難者を支援してくれる人たちの勧めもあって、「こんなゆがんだ世界から、どうか、僕たちを助けてください」と法王に手紙を書きました。その手紙が法王の目に留まり、面会することになりました。
分断あおられ
2011年3月12日、福島第1原発事故をきっかけに、いわき市から東京に家族で自主避難しました。小学2年生のときです。
転校先でいじめにあいました。工作品に悪口を書かれたり、「触るな」と罵倒されバイキン扱いされたりしました。鉛筆で足を刺されたこともありました。
「いじめを自覚すると、もっとつらく、みじめになる。だから認めたくなくて学校に行き続けていました」
しかし、次第に行こうとすると体があちこち痛み、玄関ではいつくばってしまう状態にまでなりました。
「できることなら死んでしまいたい」と思うようになり、9歳の願いごとに「天国に行きたい」と書いたこともあります。
原発事故による避難指示区域外の避難者に対し、国が指定していないから“自主避難者は税金ドロボー”“偽物の避難者”などと一部メディアに誹謗(ひぼう)中傷を書かれ、子どもたちはそれらに影響され、いじめ行為が行われました。
国と東京電力により、避難地域の指定を狭めるなど、放射線被害の矮小(わいしょう)化が行われ、賠償や支援の格差がつけられました。被害者同士の分断をあおり、攻撃しあう構図がつくられ、モノいえぬ状態がつくられました。
「原発によりもうかったのはおとなです。原発事故を起こしたのもおとなです。しかし、将来の病気の不安を抱えて生きるのも、学校でいじめにおびえ苦しむのも、僕たち子どもです」と語ります。
「望むと望まざるとにかかわらず、汚染物質とともに生きることになります。一方で、僕らの口をふさぎ、加害者を隠そうとする人たちの多くは、先に寿命が来てしまいます。もうけるだけもうけて、ウソをつき、海を汚し、そのツケをぜんぶ子どもに背負わせて先に死ぬなんて…」
普通の生活を
全生さんは、中学進学を機に遠い学校に通い、避難者であることを隠しました。「いじめのない学校生活がこんなにも平和だということを知りました」と語ります。
しかし、2年、3年とたつうちに、福島出身の避難者であること、さまざまな不安を抱えながら生活していることを、友だちに隠しながら生きていることがつらくなりました。
さらに、安倍政権や東電などが、原発事故はなかったかのように原発の再稼働を各地で進めていることに怒りとも絶望ともいう感情が入り混じります。
「ふつうの生活がしたい」。いまもいじめの後遺症に苦しみ、胃潰瘍を患ったり、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩んでいます。
全生さんは、法王来日に際して思うことがあります。
以前法王は、長崎の原爆投下により亡くなった弟を背負って火葬場で順番を待つ少年の姿、「焼き場に立つ少年」と呼ばれる写真を「戦争がもたらすもの」とアピールしたことがありました。
「この写真で亡くなった弟はやけどをしていません。きっと放射線の影響による死だと思う。そのことを考えると、目に見えない放射線の被害を伝えるために来日するのだと思います。目に見えない被害に対して、見なければならないとアピールしてくれることを願っています」
(「しんぶん赤旗」2019年11月21日より転載)