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福島に生きる 保育士 鈴木直子さん(52)・・子どもの未来守りたい

 福島市渡利にある、さくら保育園で働く保育士・鈴木直子さん(52)は子どもの頃「保育所で育ったことが保育士になった動機」でした。「すてきな先生がいた」からです。

 あこがれて保育士になった鈴木さん。東日本大震災と東京電力福島第1原発事故は「すべてが奪われた」と感じています。

 渡利地区は、東京電力福島第1原発から約60キロ離れたところにあります。「ゴーッ」という音。園児は昼寝の時間でした。12人いたゼロ歳児も含め園舎内の安全なところに避難しました。その後、同地区は、周辺よりも放射線量が高い「ホットスポット」と呼ばれました。

■園庭を奪われて

 園児たちへの、放射線による健康被害が心配で散歩へ出られませんでした。園舎から見え、毎日遊びに行っていた殿上山へも行けなくなってしまいました。

 園庭へも出られず、屋内保育を強いられました。緑豊かな環境の中で、のびのび遊び、成長できる保育がむずかしくなったのです。

 この時、手を貸してくれたのが、放射線防護が専門の安斎育郎氏(立命館大学名誉教授)です。

 持参した線量計を保育園に残してくれました。当時の保護者会の会長が園内の汚染マップを作りました。お父さんたちが職員と一緒にデッキブラシで通路やベランダを水洗いしました。ペットボトルに水を入れれば放射線を防げると、2リットルのペットボトルを2千本も集めました。

 子どもたちは、今までできていたことができなくなりました。三輪車に乗れた子どもがペダルをこげなくなっていました。外遊びと散歩などができなかったからではないかと、考えています。

■「外遊び」へ尽力

 園庭の除染がおこなわれ測定をし、保護者と何度も話し合い、2011年10月から外遊びを始めました。安斎氏を中心にした人たちが調査、被ばく低減、相談活動の支援を行っている「福島プロジェクト」の力を借りて園周辺を測定し、保護者の了承が得られた所であれば、散歩もできるようになりました。

 鈴木さんは言います。「原発事故から8年ですが、今も散歩に行けない場所もあります」

 「このままにしておくわけにはいかない」と、鈴木さんは「生業(なりわい)を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟第2陣の原告に加わりました。

 「福島の私たちが苦しんでいることを『何も無かった』とするわけにはいきません。私たちには、この福島で豊かに暮らしていく権利があります」と話します。

 最近、千葉地裁で国に責任は無かったとする不当な判決がありました。「悔しいです。福島に残った人、避難した人、健康に安心して暮らしたいという願いは一つです。国としてきちっと責任を取ってほしい」(菅野尚夫)

(「しんぶん赤旗」2019年4月8日より転載)