岩手県一関市。刈り入れを終えた田が広がります。間を縫うように流れる農業用水。そこに2010年から稼働する小水力発電があります。照井堰(せき)用水を使った「照井発電所」です。
(君塚陽子)
岩手・一関市照井発電所
発電所をつくったのは農家約2000戸が加盟する照井土地改良区です。土地改良区は農家のお金などをもとに農業用水と農地を管理する組織です。
その発電所は、田んぼの脇にぽつんと建っていました。工務課長、阿部洋一さん(55)が小屋の扉を開けました。ギュイーンと大きな音が響きます。「昼でも夜でも水が流れる限り発電します。騒音対策で小屋のコンクリートの壁は厚さ30センチです」と洋一さん。
発電所から緩やかな坂を上ること約60メートル。取水口がありました。水はここで直径80センチの導水管に入り、落差7メートルを下り、導水管内の水車を勢いよく回します。その回転をベルトで伝えて発電機を動かす仕組みです。(図)
●山のような書類
「もう農業用水をただ流す時代ではない」
8年前、理事長の阿部克郎さん(80)の一言が始まりです。米とリンゴを栽培する克郎さんは、地球温暖化に危機感を持っています。
「このままいけば今世紀末に気温は4度上がるという。すでに雪が減り、雪解け水が少なくなって磐井(いわい)川の水位が下がっている。本当に深刻な問題だ」
土地改良区に電気の専門家はいません。克郎さんの話に洋一さんは半信半疑でした。地元の歴史を調べてみると、照井堰用水は100年ほど前にも水力発電を行い、製糸工場に電気を供給していたことが分かりました。
「先輩方もやったのならと、がぜんやる気になりました」
採算面で一時とん挫しかけたものの、「地域新エネルギー等導入促進事業」の補助率が引き上がった機会を逃さず計画を推進。洋一さんは水利権獲得や売電契約など「山のような書類」に粘り強く取り組みました。「ノイローゼになりそうだった」
10年5月、発電所が完成。出力は最大50キロワット、常時30キロワット。1年間で得られる電力量は約29万5千キロワット/アワーと約80戸分の電力に相当します。総事業費は約5500万円でした(2分の1補助)。
●制度が追い風に
昨年(2012年)開始した再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度(FIT)が追い風になりました。
FITに認定され、売電収入は今までの年間200万円代から700万円以上になったからです。土地改良区の財政基盤にプラスとなり、建設費の返済予定期間は半減しました。
昨年は800人以上が視察に訪れました。「がんばって取り組み、照井土地改良区が有名になってうれしい」と恥ずかしそうに笑う洋一さん。そのもとで働く遠藤圭二郎さん(32)も「ぼくらの専門は土木技術で電気には戸惑いました。でも敷居は高くない、ってみんなに言いたい」と。
新たに3ヵ所で実験を始めました。今度は落差2メートルに挑戦です。
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各地で風や太陽光などを利用した自然エネルギー発電を始める人たちがいます。そんな″電気をつくる人々″を追います。
(随時掲載)
小水力発電 1000キロワット以下の小規模な発電で河川や用水路を利用する「流れ込み式」はダムも不要。日本の導入ポテンシャル(利用可能量)は1428万キロワット(環境省調べ。3万キロワット以下の中水力含む)。水利権などの手続き簡素化が進み、導入計画が増えています。