東京電力福島第1原発事故をめぐって、業務上過失致死傷罪で強制起訴された東電の元会長勝俣恒久被告(78)ら旧経営陣3人の公判が東京地裁(永渕健一裁判長)で続いています。5月9日から6月1日までの4回の公判では、文部科学省の地震調査研究推進本部(地震本部)が2002年7月に公表した地震予測「長期評価」の策定に関わった2人の専門家が証言し、その重要性を強調しました。詳報します。
(「原発」取材班)
証言したのは、地震学者で原子力規制委員会の委員長代理を務めた島崎邦彦東京大学名誉教授と、歴史地震研究の第一人者である都司嘉宣(つじ・よしのぶ)元東大地震研究所准教授です。
長期評価での信頼性
02年公表の「長期評価」は、福島県沖を含む三陸沖北部から房総沖の日本海溝寄りのどこでも、マグニチュード(M)8級の地震が今後30年以内に発生する確率が20%程度だと予測しました。東電はこれに基づいて、福島原発に襲来する津波について子会社に業務委託。海抜10メートルの敷地を超える最大15・7メートルの可能性があるとの結果を、事故の3年前の08年に得ています。
大津波を予見できたのかどうかを主な争点にした裁判で、この間、この長期評価の信頼性をめぐるやり取りが中心になっています。
長期評価が予測する地震発生確率の根拠は、過去400年の間に起きた三つの地震−−1896年の「明治三陸地震」、1677年の「廷宝房総沖地震」、1611年の「慶長三陸地震」−−です。いずれの地震も、人が感じる揺れが小さくても津波の規模が大きくなる、いわゆる「津波地震」とされています。
被告弁護側は、三つの地震について、長期評価を審議する専門家の間で異論があったことなどを取り上げて、その信頼性を問題にしました。
これに対し島崎氏は、三陸沖から房総沖の日本海溝よりの領域で「3回大きな津波があったことは事実だ。非科学的な言い分ではない」と強調。異論を唱えた専門家もその後、考えを改め「決着がついた」と述べました。また、専門家全員が津波地震に詳しいわけではなく、都司氏の研究を議論していくうちに共通認識になったと述べました。
過去400年 三つの津波
一方の都司氏は、近代的な地震の測定が始まった明治以前の地震や津波について古文書などを読み解き、現地で津波の高さを推定するなどしており、三つの地震について詳しく説明しました。
明治三陸地震では、最大で高さ38メートルの津波が襲い2万1000人以上が亡くなったとして「東日本大震災の津波をほうふっとさせる津波だった」と述べました。延宝房総沖地震では「仙台市に近い岩沼市や、八丈島まで津波が来ている。明治三陸地震に匹敵する津波地震とほぼ断定できる」と説明。慶長三陸地震も「当時の記録に、朝10時ごろに地震があり、午後2時ごろに津波が来たとの記載がある」とし、「伊達藩の記録から、2000人、3000人の死者が出た津波があったといえる」と述べました。
『公表するな』と圧力
長期評価の公表に当たって「圧力がかかった」と証言したのは島崎氏です。公表直前、防災を所管する内閣府の担当者から「非常に問題が大きい」と、公表の取りやめを求めるメールが島崎氏らに届いたからです。「評価には限界がある」などとする内閣府の加筆文も受け取り、「これを付けるなら、長期評価を公表しない方がいい」と、島崎氏は反対したといいます。
また、内閣府の中央防災会議で、「長期評価」をもとに防災対策が講じられると考えていたのに「真逆の評価で防災対策をするようになった」とも述べました。
「なぜそうなったのか」と問われた島崎氏は「想像だが」と断った上で、「原子力防災は一般防災より厳しい。(長期評価を取り入れれば)高さ10メートルを超える津波の対策をしなければならない。防災会議の委員に原子力施設の審査に関わっていた人がいる。原子力に関係した配慮としか思えない」と述べました。
さらに、東日本大震災の2日前に公表予定だった長期評価「第2版」の公表延期を了承した経過を振り返りました。第2版には、869年に東北地方を襲った「貞観(じょうがん)地震」の研究成果を踏まえ、内陸の奥まで浸水する津波を警告するものでした。
島崎氏は、担当係長から「4月に延期してほしい。自治体と電力会社に事前説明する」と言われたことを明かしました。「延期を了承しなければ、たくさんの人が助かったかもしれない」といい、「自分を責めました」と述べました。その上で、長期評価を踏まえた対策を取っていれば、「福島原発事故は起きなかったと思う」と証言しました。
過去の地震から備え
「福島県沖で津波地震が起きていないが」と問われた都司氏は、「起きていないのは歴史の偶然だ。三陸沖から房総沖まで地質学的には一つの場所」と証言。過去の地震の研究から、福島県沖では「高さ13メートルから15メートルの津波を考えるべきだ」と述べました。
被告弁護側は、都司氏が過去の論文などで慶長三陸地震の発生メカニズムが他の二つの地震とは異なるという見解を表明している点を再三質問。都司氏は「データが出るたびに科学者の考えが変わることはある」と反論。「古文書を見直すと、陸上の建造物の被害の記載がなく、『津波地震』の特徴を兼ね備えたものだ」と強調し、長期評価の見解に問題はないと説明しました。
(「しんぶん赤旗」2018年6月4日より転載)