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南相馬 柳美里が出会う㉞・・網走駅 ひとり息子との別れ

網走駅の縦書きの看板の前で

 北海道の網走駅の駅名看板は、縦書きです。

 豪雪のため黒ずんだ大きな木の板に、力強い筆文字で「網走」と書いてあります。

 縦書きの理由は、網走刑務所から出所してそれぞれの故郷に帰る受刑者に対して、「横道にそれることなく、まっすぐに歩んで生きていってほしい」という願いを込めたと伝えられています。

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 わたしは、今朝、この網走駅の前でひとり息子と別れました。

 網走には、網走番外地で有名な刑務所だけではなく、東京農大オホーツクキャンパスがあります。息子は、AO入試で北方圏農学科に合格し、わたしは引っ越しの荷ほどきを手伝うため、網走に滞在していたのです。

 わたしも息子も、車の免許を持っていません。

 バスで郊外にあるホームセンターに行って、組み立て家具やら収納クリアボックスやら傘立てやら台所の水切りかごやらを買って、タクシーに積み込んで、息子のアパートに運び込む−−−、これを何度か繰り返しました。

 そのたびに、タクシーの運転士さんと話すのですが、「4月から農大に通うんです」と言うと、「ホタテ、カニ、海のバイトはもうかるよ。朝3時半から7時ぐらいまでだから、学校にも通えるよ」と言われたり、「よく引っ越し業者、見つかったねぇ! さっき乗せた母子は、引っ越し業者がどこもいっぱいで、とりあえず身の回りの物だけ持ってきたって言ってたよ」と言われたり、「こっちは普通の雪道じゃなくて、でこぼこのスケートリンクと思ってもらった方がいい。転落事故を起こす農大生が多いから、こっちに慣れるまでは車の免許は取らない方がいいよ」とアドバイスをしてくださる方もいました。

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 二見ケ岡農場前を通りかかった時、「何人も母親を乗せて、ここに来たことがあるよ」と元漁師の70代の運転士さんが語り出しました。

 「農場での仕事はきついけど、しっかり働けば刑期がいくらか短くなるらしいよ。だから、若い受刑者は二見ケ岡農場を希望するんだって。息子がどんな悪いことしたって、遠くから面会に来るんだもんな、母親は……」

 今朝、「じゃあね」と言って網走駅の縦書きの看板に背を向けた息子は、まっすぐ、一度も振り返らずに、まだ雪が残る道を歩いて去って行きました。

 10代半ばから、自分の道をまっすぐに歩んできたわたしは、まっすぐに生きる難しさや辛さを知っています。

 時には、立ち止まって休んだり、寄り道したり回り道をしたりすることも大事だよ、と思いながら、わたしは息子の後ろ姿を見送りました。

(ゆう・みり 作家 写真も筆者)(月1回掲載)

(「しんぶん赤旗」2018年3月27日より転載)