海に沈む夕日の名所で知られる長崎県雲仙市の小浜温泉。豊富で高温のお湯を使った発電の取り組みが注目されています。
(武田祐一)
「これまで捨てられていたお湯を使って発電するので、環境への影響が少ない」というのは一般社団法人小浜温泉エネルギー代表理事の本多宣章さん(73)。代々温泉を守ってきた源泉所有者の一人です。
発電しくみ
「小浜のお湯は塩化物を含んだ泉質で、温度が105度と高いので風呂は加水して使います。1日の湧出量は1万5千トンにも及びますが7割は海に流れるまま。有効利用が長年の課題でした」
環境省に委託されて、2013年4月から14年3月まで、このお湯を使った「バイナリー発電」の実用性を調べる実験が小浜温泉バイナリー発電所で行われています。
発電のしくみ(図)について、同法人事務局長の佐々木裕さん(30)は次のように説明します。「温泉の湯で真水を温め、約90度にします。この90度の真水を使って、15度で沸騰する性質がある液体を温めます。この液体を沸騰させた蒸気の力でタービンを回して、発電します」
健康施設ヘ
蒸気を発生させる物質・代替フロンについては「オゾン層破壊で問題になっている特定フロンではなく、それに似た性質で、温暖化係数は高いが発電機内部に密閉されており、外には漏れない」といいます。
1日の発電量は約840から1680kwhです。試算では約120世帯分の電力にあたるといいます。
発電した電気は、近くにある市の健康施設「リフレッシュセンターおばま」に送られています。同センターには温水プールやトレーニング室、マッサージ室などがあります。この施設の電力の5割から7割を供給しています。
特有の課題
温泉特有の課題もあります。同法人事務局の井手大剛さん(27)が楕円形で30センチほどのスケール(温泉成分の結晶)を抱えてきました。「スケールは湯の花とも呼ばれます。温泉の湯の送水管に付着して詰まるので、定期的に送水管をハンマーでたたいて取らねばならないんです」
現在、小浜マリンパークなど3カ所の源泉から発電所にお湯を集めていますが、お湯の量が想定より少ない状況です。
「安定的な発電のためには湯量を増さなければなりませんが、源泉から遠くなるほどスケールの除去が大変になる。給湯を効率化するためには、旅館などの源泉近くに小型の発電機を置くほうがいいと思います」
また、安全面について地震や高潮への対策は今後の課題だといいます。
バイナリー発電
バイナリーは「二つの」という意味の英語。温泉の湯の熱で真水を温めて、さらに真水の湯の熱で沸点の低い媒体物質を温める、二つの熱循環を使う地熱発電の方式。
「掘削なし」で地元の理解
本多代表理事は「今回の計画は新たな掘削をしないため、地元の理解が得られた」と話します。
2004年に新たな源泉を掘って行う地熱発電の計画がありましたが「源泉が枯れる可能性がある」と地元住民から反対運動が起きて中止になりました。2011年に長崎大学と地元関係者で協議会をつくり、地域主導の温泉発電を検討。その結果、一般社団法人小浜温泉エネルギーを設立して、環境省のバイナリー発電実験を受け入れました。
実験は3月に終了しますが、地元の観光・商業者は、来年度もバイナリー発電事業の継続を希望しています。
小浜温泉観光協会の副会長、山下浩一さん(53)は「自然エネルギーの活用と環境教育の場として、まちづくりや観光に生かしていきたい。見学者の受け入れ態勢の確立も必要です」と話します。今年度、視察や修学旅行などの目的で訪れる人が2000人を超えました。
地元では、バイナリー発電で使った残りの熱水・温泉水の再利用が検討されています。70度くらいに下がった湯を露天風呂や美容施設、農業のビニールハウス、漁業の養殖に活用するなど夢が広がっています。
地域活性化もたらす・・日本環境学会前会長の和田武さんの話
日本は世界の三大地熱資源国ですが、その豊富な資源が十分に活用されていません。100度前後の源泉が出る場合、地下から噴出する水蒸気による地熱発電はできませんが、低沸点の液体の蒸気を利用するバイナリー発電を活用すれば、50度程度までの熱を有効利用した上、温泉利用も従来通りできます。そのような条件のある温泉地で、ホテルや温泉業者などの地域主体が取り組めば、電力買い取り制度によって新たな売電収入が得られ、地域活性化をもたらします。また、C02削減による環境保全やエネルギー自給率の向上などにも貢献できますので、積極的な取り組みが望まれます。ただ、代替フロンを使用する場合、温室効果が高く、可燃性や毒性のある物質ですので、漏れることがないように注意しなければなりません。