東京電力福島第1原発事故で福島県から千葉県に避難した住民が国と東電に損害賠償を求めた訴訟の判決(9月22日)で、千葉地裁は「合理性を欠くとは認められない」と国の責任を否定しました。東電についても「重大な過失があったといえない」と判断。国と東電に問題がなかったとしました。原告団の報告集会などでは、「不当判決」「苦しみをわかってもらえなかった」と怒りの声が続出。「くじけない。たたかいはこれから」と決意も語られました。
報告集会では原発被害者救済千葉県弁護団の滝沢信事務局長が判決の骨子と主文を紹介しました。滝沢氏は「国に対する請求は全員が棄却。東電に対する賠償責任は、原告45人中42人が認められ、総額3億7600万7601円の支払いを命じた」と説明。「大変残念な不当判決で、控訴する流れになるのは間違いない」と述べました。
同全国弁護団連絡会の米倉勉弁護士は「判決に絶句しました。このような判決しか書けない裁判所は何なのか。必ず覆す」と強調。来月10日に福島地裁で判決が出る「生業(なりわい)を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟の中島孝原告団長は、「国に対し忖度(そんたく)にも限度がある」と厳しく批判。同弁護団の馬奈木厳太郎事務局長も「極めて不当な判決」と指摘し、「たたかいはこれから。国の責任を否定したままで終わらせない」と訴えました。
福島県浪江町から避難している干葉集団訴訟原告団の瀬尾誠さん(65)は「言葉にならない。損害賠償はこれから始まるという思い。たたかいはこれから始まる」と胸の内を語りました。
記者会見では、原告の女性(62)が「6年間の私たちの苦しみをわかってもらえなかったのが、とても残念に思いました」と憤りを語りました。
被害や危険の責任不問
解説 東京電力福島第1原発の避難者訴訟で千葉地裁は、敷地を超える津波を予見できたが、国が東京電力に対策を取らせる「義務が一義的に導かれるとは言えない」として、国の責任を否定しました。
判決は、国の地震調査研究推進本部が2002年に公表した「長期評価」に基づき、遅くとも2006年までに、全電源喪失をもたらし得る福島第1原発の敷地を超える津波を予見できたと指摘。津波の予見可能性は、3月の前橋地裁判決でも認めています。
原発事故がもたらす深刻で甚大な被害を考えるなら、予見できた電力会社はただちに万全の対策をとり、国は対策を求めるのが筋です。
ところが、千葉地裁判決は、それに続く論理で、規制行政庁や電力会社の資金や人材は有限だから、想定し得るリスクのすべてに資源を費やすのは現実的に不可能だと主張。対策の内容や時期は「規制行政庁の専門的判断にゆだねられる」として、事故前の知見では、津波対策は地震対策より優先度がなかったとしました。
さらに、津波対策を取っても時間的に間に合わず、事故を防げなかった可能性もあるといい、国が東電に対策を取らせなかったのは「許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められない」と判断しました。
国・東電の責任を認めた前橋地裁判決とは対照的な判断です。前橋地裁では、原発が炉心溶融事故を起こせば、「取り返しのつかない被害が多数の住民に生じる」として、東電は津波による安全性を損なう恐れがあれば、対策を講じる義務を負っていたと指摘。東電が安全性より経済性を優先させていたので、国が規制権限を行使すべきだったし、行使すれば事故は防げたとしています。
千葉地裁の判決は東電についても、津波対策を完全に放置したと評価できず、「重大な過失があったとは言えない」と免責しています。
今回の判決は、危険を予見しても対策を取る責任はなく、事故の重大な過失は国にも東電にもないというものです。原告や弁護団らが「不当判決」と批判しているのは当然です。二度と事故を繰り返さないためには、事故の責任を国と東電がしっかりと取る必要があります。原発事故がもたらす被害や危険をどう考えるのかが問われています。(三木利博)
(「しんぶん赤旗」2017年9月24日より転載)