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東電賠償認めさせた 原発事故で避難せず活動・・医療求める人いる限り‥/福島・広野町 高野病院

 東京電力福島第1原発事故後も避難せず住民に医療を提供し続けた福島県広野町の高野病院(高野英男院長)。10月下旬、事故による追加経費などの賠償を東電に求めた裁判外紛争解決センター(ADR)の手続きで和解しました。同病院の取り組みを追いました。

(福島県・野崎勇雄)

困難な状況が続くなか明るく頑張る高野理事長(左から2人目)と職員たち=福島県広野町の高野病院前

 高野病院は福島第1原発から南へ22キロメートルのところにある民間病院。原発事故後、移送することが困難な重症患者をはじめ医療を必要とする人がいる限り避難しないで頑張ろうと決断し、双葉郡唯一の医療機関として医療を提供してきました。原発事故収束や廃炉に向けた作業をする労働者、東電社員も診察しました。

 同病院で働く人たちのなかには避難指示区域内に自宅があるため避難せざるをえなくなり、通勤できなくなったり、事故前と同じ労働時間での就業が困難になる人も出てきました。看護師・准看護師は、震災直前に33人いたのが11年3月末には14人と半数以下に激減。原発事故前と同じような医療を行うためにはとても人手が足りず、スタッフの確保と定着が重要課題になりました。

県外各地を行脚

 県内はどこも看護師不足のため、東京、新潟など県外各地を病院スタッフが行脚しました。「1日でも2日でもいいから」と頼み込んで来てもらうこともありました。

 「とにかくスタッフを休ませる人員が必要でした。来てもらうための宿舎を確保するため、民宿を1カ月借り上げたこともあります」。大震災・原発事故前から最近まで事務長として奔走してきた高野己保(みお)理事長はこう振り返ります。

 看護師・准看護師17人で二つの病棟に回復させた内科と精神科を見ていた12年7月、8月ごろが″どん底″。月8日の休みを取れるようになって一息ついたのは同年12月でした。

 高野病院がADRセンターに申し立てたのは2015年4月28日。今年の7月21日にセンターが提示した和解案を東電が1カ月もたってから拒否。高野病院がその対応を批判するとともに修正案を提示し、10月20日に東電が修正案を受け入れました。東電が支払いに同意したのは、▽11年10月から15年9月末までの原発事故のために増えた人件費▽14年10月から15年9月までの人材確保のため必要だった地代・家賃などの経費です。

 高野理事長は結果についてこう話します。

 「震災前と同じような水準の医療を提供するために職員一丸となって全力をあげてきました。ADR『和解』内容はけっして満足のいくものではありませんが、原発事故後に必要となった手当などの支払いについて、東電側は今回初めて支払い義務があると認めました。それまですべて『(病院が勝手に行った)経営判断である』

と退けてきたことからすれば、意義は大きい」

 原発事故後、唯一の常勤医師になった高野院長(現在81歳)は、原発作業員や除染作業員の病気、けがなど時間外や救急対応が激増しました。

長い年月が必要

 こうした病院の取り組みは「現場の判断で患者の命を守る」ことに成功した例(日本医師会総合政策研究機構のリポート)と取り上げられました。

 高野理事長は「奇跡だとも言われました。しかし、病院経営は今も安心できる状況ではありません。必要な賠償がされずにいる現状を東電が認識し、今後どうしていくか共に考えてほしい。この地域の医療を安定的に継続していくためには、まだ長い年月が必要です」と話します。

 今回の高野病院の賠償和解は原発事故との因果関係が認定されるなど、医療機関に限らず他の事業者にも影響を与えそうです。 

経費増の責任は東電にある・・代理人弁護士 馬奈木厳太郎さん

 ADRで高野病院代理人を務めた馬奈木厳太郎(まなき・いずたろう)弁護士に和解内容の意義を聞きました。

 東京電力福島第1原発事故による避難指示の早期解除、営業損害賠償の打ち切りなどを内容とする自民党などの5次提言と閣議決定(昨年(2015年)6月)後、福島の被害対策切り捨てが進んでいます。

 そのなかで例えば高野病院の場合は、避難指示区域に近いところで患者や住民に医療を提供し続けました。事故後は、原発事故の収束や廃炉に向けた作業に携わる労働者、東電社員への医療も新たに生まれるなど、他の病院ではできない役割を果たしました。

 しかし、同病院で働く人たちのなかにも避難せざるをえなくなって通勤が物理的に不可能になったり、事故前の労働時聞での就業が困難になる例も出てきました。事故前と同じような医療を行うためには人手が足りない。スタッフの確保と定着は喫緊の課題です。県外各地への求人活動、事故前なら支出しなかった賞与とは別の手当を支給するなど、よけいに経費がかかるようになりました。

 ところが、東電は事故後と事故前で支出についての変動を見ない考え方です。今回のADR提案では、事故によって増やさざるを得なかった経費があり、それは事故によるものだという病院側の訴えが認められました。

 この意義は医療機関にとどまりません。事故前と同じような水準で業務をこなそうとした場合に支出増がありうることを認めさせた意味は大きい。別の面から言えば被害がまだ続いているし、東電の計算方法がADRなどでは通用しないということです。

 東電の復興本社の代表は、被害者に「寄り添う」、あるいは「反省」といった発言をたびたびしていますが、そうであるなら今の姿勢を改めるべきです。

(「しんぶん赤旗」2016年12月18日より転載)