元NHKディレクター 戸崎賢二
最近、報道機関が独自に調査・取材する「調査報道」が、ジャーナリズムの任務の中核を担うものとして期待される機会が多い。
もちろん、「調査報道」と言っても、独自に調べたことを伝えればよいというものではない。その要件は、取材によって初めて暴露された事実があり、社会的・政治的に重要な問題提起と、告発的なメッセージが含まれることである。
最近、こうした「調査報道」の原点を感じさせる「NHKスペシャル」の力作を見た。「廃炉への道・調査報告 膨らむコスト」(11月6日)である。
コストの実態
番組はまず廃炉へ向かうコストが膨れ上がっている実態を明らかにした。
東京電力が本来責任を負うべきなのは、被災者への賠償、除染、廃炉の費用であるが、賠償額は1年に1兆円か積み重なって6・4兆円、除染は国が行うが、当初3・6兆円の見積もりだったのが、廃棄物を入れた袋の劣化などで4・8兆円に増加した。
廃炉費用は東電が2兆円を確保するとしているが、この額には到底おさまらず、数倍かかるとされている。
番組は、現状でも13兆円を超えているこうしたコストのうち、7割が電気料金や税金などで国民が負担しているとする検証結果も伝えている。
次いで鋭く告発したのは、国民への十分な説明をしない国と東電の不誠実な態度である。
東電は廃炉の費用がさらに増えることを前提に国に支援を求めているが、コストに関係する詳細が明らかにされず、その現実的な見通しも示されていない。
スタッフは「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」に情報開示を求めたが、回答は「資料は不存在」というものだった。
このような国と東電の関係やコストの全体像が、テレビ報道で解明された例をほとんど見たことがない。この番組の果たした役割は極めて大きいと言える。
制作はNHK福島と仙台。地元で被災者の実態を見てきた取材者の、静かな怒りを感じさせる番組との印象である。
視聴者を触発
この番組には二層のメッセージがある。
番組の直接の意図はコスト拡大の実態の暴露と、情報公開で国民に誠実さを欠く政府・東電の批判だった。
一方で、番組が明らかにした途方もない状況は、視聴者にもう一つ別のメッセージを感じさせている。
いったん事故が起これば、国家予算を大きく侵食し、次世代にわたって膨大な負担を強いる原発というものの再稼働、維持がはたして必要なのか、というメッセージである。
制作者が意図したわけではないだろう。しかし、番組にはそこまで視聴者を触発する力があった。
「廃炉への道」シリーズの次に期待することがある。「国民の負担を極小にする」という政府方針が本当に尽くされているのか、東電を支援する政治の背景に、政府と電力会社との癒着の構造はないのか、このあたりに切り込むことができないだろうか。NHKの「調査報道」の伝統を継承し、政治の暗部にさらに挑戦することを求めたい。
(とざき・けんじ)
(「しんぶん」赤旗2016年11月19日より転載)