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原発事故の責任を国民に転嫁 電力会社保護の危うい方向に・・原子力損害賠償制度/青山学院大学名誉教授(保険論・社会保障論)本間 照光さん

aoyama16-9-6 原発事故に備えた賠償制度の見直しに向けて内閣府の専門部会で議論されています。先月下旬、これまでの議論が「論点整理」としてまとめられ、最終的な報告書へ議論を継続しています。専門部会でどんな議論がされているのか——。「電力会社の責任は回避し、被害者・国民に犠牲(賠償責任)を転嫁する危うい方向に向かっている」と、本間照光・青山学院大学名誉教授(保険論・社会保障論)は警告します。

(三木利博)

賠償責任に上限

 ——内閣府原子力委員会に設けられた「原子力損害賠償制度専門部会」の議論をどうみていますか。

本間 1961年に制定された原賠制度は、原子力災害事故の被害者を保護するため、事故を起こした電力会社に対して、事故の過失・無過失にかかわらず賠償責任があるとする「無過失責任主義」「無限責任」が原則です。公衆に被害を及ぼす原発事故を起こせば、電力会社などの事業者は、たとえ自分に過失がなくても被害者に対して「無限の賠償義務」が発生するのです。

genbaiseido しかし、専門部会は、「原発事業者の予見可能性(経営の見通し)を確保するべきだ」「原発は『国策民営』で進められてきた」などという理由で、電力会社の賠償責任に上限を設けて有限責任にすべきだ、国と電力会社の「連帯責任」にし、事故を起こした電力会社が国に賠償請求できるとすべきだという主張が少なくない委員からされています。

 また、「電力会社の無限責任」ではなく、電力会社の責任を超えた分は国がすべて引き受けよ、という「国の無限責任」を主張する意見も出ています。「無限責任」の中身のすり替えであり、事故の責任を被害者・住民、国民に転嫁する議論です。

 ——専門部会の議論で、「原発事業の予見可能性」の言葉がほんとに多いですね。

本間 これらはもう被害者保護のためでなく、電力会社の経営のための議論、加害者保護へ向かう議論と言えます。

 福島原発事故直後から「原賠法は欠陥法だ」「電力会社の責任は重すぎる」などと電力会社や政財界から議論が沸き起こりましたが、それが専門部会の議論に続いているのです。

 しかし、「国策民営」というその「国」は時の政権で、「民」は国民ではなく、実体は巨大ビジネスです。しかも、原発がなくても電気が足りているのに、「国策民営」で原発を進めなければならない理由はないでしょう。

 ましてや、電力自由化など電カシステム改革の競争環境下で原発事業者の予見可能性を確保すべきだという意見は、原発事業が市場経済では手に負えないといっているのであって、それなら市場から撤退すべきです。電力会社の賠償責任に上限を設ける理由は成り立ちません。

 原発事業者の予見可能性を言う前に、被害者や住民の生命や生活こそが重視されるべきです。福島原発事故が突き付けているのはそのことなのです。

 

福島の現実見ず

原賠制度の専門部会=8月23日、東京都内
原賠制度の専門部会=8月23日、東京都内

 ——原賠制度そのものをどうみていますか。

本間 原賠制度は部分欠陥でなく、全体に問題があります。公衆に被害を及ぼす重大な事故は起きない、起きたとしても、迅速かつ確実な支払いのために用意される

「賠償措置額」の範囲内に被害はとどまり、それを超えないという前提で作られたからです。危険な原発を動かすためです。

 それは賠償措置額でも明らかです。制度ができる直前の60年4月に、当時の科学技術庁が日本原子力産業会議に委託してまとめた報告書で、原発事故時の損害額を当時の国家予算の2倍に当たる3兆7000億円と試算しています。それでいながら翌年にできた原賠制度の賠償措置額は原発1サイト当たり50億円とごくわずかでした。現在は1200億円です。

 この前提が福島回発事故で崩れました。政府や東京電力は損害賠償を抑えに抑え、避難先から早く戻るよう強いながら、それでも賠償や除染費用などの損害額は、少なくとも約13兆円規模に上るといわれています。事故収束や廃炉費用、除染、廃棄物処理など、損害額が今後、どこまで広がるかわかりません。現在の賠償措置額の1200億円では、焼け石に水。原賠制度の虚構性が明らかになっています。

 ——実際、東京電力が負担すべき賠償責任の多くが電力料金や税金の形で国民が負担しています。

本間 さらに制度で問題なのは、深刻な事故原因ほど、電力会社と保険会社の責任が外されていることです。

 たとえば賠償措置は、電力会社と保険会社間の責任保険か、電力会社と政府間の補償契約のどちらかで補償することになっていますが、保険会社の手に負えない地震・噴火・津波による災害は、政府の補償契約の支払い対象になっているなどです。

 ただ、そういう制度でありながら、原賠法第1条にある「被害者保護」と「原子力事業の健全な発達」という二つの目的のうち、被害者の保護が最優先されることは、法制定時の国会審議などで明らかなのです。

 しかし、制定直後から当時の科技庁原子力局の解説書で、二つの目的は「同等の重点が与えられる」「一方に偏ってはならない」などと曲解されました。現在の専門部会でも、その曲解を自明のこととして議論がされ、原発事業者の保護に利用しようとしています。

 福島原発事故で原発が手に負えないとわかったし、事故原因すら明らかになっていない、いつ収束するのか、廃炉の見通しもみえないし、賠償などもどれだけになるかわかりません。賠償責任を国と国民に転嫁する議論は、福島原発事故の現実に向き合っていません。

 日本弁護士連合会が専門部会の議論に対して批判的な意見書を出しています。求められているのは現在のような専門部会の審議ではなく、広く国民的議論を起こすことです。立場がどうあれ、事故が起きた時にどうすべきか、被害を最小限に食い止めるにはどうしたらいいか、賠償問題を資金面だけでなく、災害対策の一環として練り直し、対応策を考える必要があります。


原賠制度

 「原子力損害の賠償に関する法律(原賠法)」と「原子力損害賠償補償契約に関する法律」(補償契約法)からなります。原賠法では、原子力事業者に賠償の「責任を集中」としています。

原子力損害賠償制度専門部会

 内閣府の原子力委員会のもとに昨年5月に設置。メンバーはオブザーバーを含め25人。原子力工学や法学者、弁護士、マスコミ関係者のほか、財界、銀行、保険、電力など業界代表が名を連ねています。

(「しんぶん赤旗」2016年9月6日より転載)