2年ぶりの小説『ねこのおうち』が出版されました。
出版社の営業部は、各書店の販売実績を踏まえて確実に売れる冊数を配本します。その結果、10冊希望したのに1冊しか入らなかった、という書店も出てきます。特に床面積300坪以下の「町の本屋さん」には、新刊本がほとんど配本されないという状況があります。
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典型的な「町の本屋さん」である南相馬の文芸堂書店から『ねこのおうち』の版元である河出書房新社に電話がありました。
「柳美里さんは南相馬に住んでいるのです」と、電話口で何度もおっしゃったというのです。
早々、発売日の朝に文芸堂書店から電話がかかってきました。
「ねこのおうち、入荷しました!サインに来てください!」
急いで、サイン道具である筆ペンと落款と間紙を持って駆け付けると、なんと50冊も入荷したというではありませんか——。新宿や渋谷のど真ん中にある大型書店と同程度の冊数です。
私は1時間以上かけて一冊一冊ていねいにサインをしました。
翌日、文芸堂書店を訪れると、発売わずか1日で「今週のベストセラー」の2位になっていました。そこにマジックで書かれていた「南相馬在住作家の最新作」という言葉に、わたしは立ち止まりました。
今まで、わたしは「在日韓国人作家」「女性作家」「芥川賞作家」などという肩書きで紹介されてきました。肩書きが取れた時が作家としての正念場になるだろうと考えていました。
作家生活30年となる節目に「南相馬在住作家」という新たな肩書を与えられたのです。
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わたしは今、「在住」という言葉の意味をかみしめています。家族同士や住民同士の親密さは、住まいと暮らしによって培われます。原発事故によって、南相馬の方々は住まいと暮らしを大きく毀損(きそん)されました。補償金や避難の問題で親密さにも亀裂が入っています。でも、だからこそ、わたしは南相馬での「ものつくり」にこだわりたいのです。
わたしはこれからも「南相馬在住作家」として書いていきます。
(ゆう・みり 作家 写真も筆者)
(月1回掲載)
(「しんぶん赤旗」2016年6月27日より転載)