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南相馬 柳美里が出会う①・・浮かび上がる言葉

美菜相馬市鹿島区の奇蹟の一本松
美菜相馬市鹿島区の奇蹟の一本松

 (2015年)4月頭に、福島県南相馬市に転居しました。

 

 ブログとツイッターで公表すると、「狂ってる」「自虐じゃないの?」「自ら人体実験しに行くとしか思えない」「子供が気の毒だ」「まさに特攻隊」という批判が押し寄せました。

 わたしは、レベル7の最悪の事故を起こした原子力発電所から25キロしか離れていない場所での生活を「安全」だと考えているわけではありません。しかし、わたしは「安全」な鎌倉から「危険」な南相馬に転居したとも考えていないのです。

 たとえば、鎌倉は歴史上何度も大津波に襲われて壊滅的な被害を受けた土地です。南海トラフでマグニチュード8前後の地震が起きた場合、鎌倉市は14メートル超の大津波に襲われる可能性があると、市は津波浸水予測図を公表していますが、鎌倉市には建物の高さ制限があり、津波避難ビルに指定されている建物も、安心して避難できる高さではありません。

 わたしは、息子が自転車で遊びに出掛けるたびに、「大地震の直後に津波が来るよ。避難ビルではなく、山を目指して走るんだよ」と口を酸っぱくして言っていました。息子が通っていたスイミングスクールを津波浸水域にあるという理由で退会させたのは、東日本大震災の5年前のことです。最悪の事態を想像し、その危険から逃れる方法を見つけられなかったからです。

 

 わたしは、事故の翌月から原発周辺地域に通い、地元の方々からお話しをうかがい、町を見て歩いています。最悪の事態の細部を隙間なく想像して危険に最接近し、その対処や避難の方法を熟考してきました。

 原発による放射能汚染のみならず、地震、津波、火山噴火、オスプレイによる墜落事故、テロ・・、今の日本に「危険」と無縁な場所など無い、とわたしは思います。

 危険が囁かれる場所で安全が叫ばれ、危険派と安全派の不幸で不毛な対立が起こります。

 さまざまな問題が入り組んで混沌としている問題を「危険」「安全」や、「賛成」「反対」で二つに色分けして舗装したところで、その下の混沌が無くなるわけではありません。

 わたしは、日々の混沌の中から浮かび上がる言葉、沈められた言葉を書いていきたいと思います。

 

 ゆう・みり 1968年生まれ。『家族シネマ』(芥川賞)、『8月の果て』『JR上野駅公園口』『貧乏の神様』など著書多数。

(写真も筆者、月1回掲載)

(「しんぶん赤旗」2015年6月8日より転載)