東京電力福島第1原発事故を契機に脱原発・自然エネルギー普及のエネルギー転換を進めるドイツ。その経過や、原発をめぐる日独両国の違いなどについて、独エコ研究所・原子力工学・施設安全部のクリストフ・ピストナー博士に聞きました。(独ダルムシュタット=坂口明・写真も)
独エコ研究所(原子力工学・施設安全部)・・クリストフ・ピストナー博士に聞く
ドイツでは原発の安全性をめぐる激論が1970年代から始まりました。原発産業は「事故発生は理論的可能性としてはあるが、現実には起こりえない」と言っていました。ところがドイツでも、蒸気が漏れていたのに運転者が30~40分も気づかない事故が起きていたことが米国の雑誌で明らかにされました。
ドイツ国民は、原発に絶対的安全はなく、リスクのある技術だと理解しました。今では多数の人々が原発に未来はないと確信し、四大電力会社も自然エネルギーヘの転換を進めています。原発の安全性は、もはや大きな議論にはなっていません。
ブレーキがない自動車
・・福島事故をめぐりドイツではどんな議論が?
過酷事故に至らなかった東電福島第2原発との比較を含め、事故原因を究明する大規模なプロジェクトが進んでいます。地震がどんな影響を及ぼしたかは難しい問題ですが、物理的には津波の影響は大きいでしょう。
しかし事故原因を全体として考えれば、原発の運転者、東電の対応が第一です。運転者の主要な責任は安全確保です。そのためにできることをしていなかった。これが明らかに第一の事故原因です。
第二は、東電がきちんと責任を果たせるように規制すべき日本政府が、強力な規制など必要な措置をとってこなかったことです。津波や地震の影響は、その後の話になります。
ドイツでは福島事故後、老朽原発は直ちに閉鎖しました。どの原発をどう規制するかは、個々の原発の実情次第で、難しい問題です。しかし政治的決定は、それと違い、原発を動かすリスクと利益を比較考量して行います。
ドイツでは、この議論は2000年と11年に行われ、原発はリスクが大きすぎるという評価になりました。社会として、このリスクを今後50年も耐えていくのかが問われました。
福島事故後につくられた「安全なエネルギー供給に関する倫理委員会」は、原発には制御不能の危険性があると指摘しました。それはブレーキのない自動車のようなものです。
原発のリスクがどの程度のものかは完全に知ることができません。これまで60年運転していても、以前には考えられなかったことが起き、われわれが原発のすべてを理解していると言えない状況です。
新世代型もリスクある
・・「福島事故は古い原発だから起こった。新世代の原発は、もっと安全だ」との見方がありますが。
確かに福島原発より、現在建設中の欧州加圧水型炉(EPR)が安全かもしれませんが、考えるべき二つの要素があります。
第一に、新世代の原発も絶対的に安全だということはなく、残されたリスクがあるということです。
第二に原発の安全は、設計だけでなく、その他の多くの要因によっているということです。①地震や津波の影響などの立地条件②安全に主要な責任を負う運転者の問題③テロ攻撃や戦争などの社会的リスク・・です。戦争が起きれば原発が直接攻撃されなくても電源を喪失する可能性があります。
原発の安全 徹底討論で
・・日本の原発企業は米国の原発企業と一体化し、日本だけで「原発ゼロ」は実現できないとの議論がありますが。
独原発メーカーのシーメンス社もフランスのアレバ社と提携していましたが、福島事故後に原発から撤退しました。原発企業の国際提携で重要なのは、原子力が将来どうなるかです。
スリーマイル島事故後に原発新設がなかった米国では、ブッシュ前政権が「原子力ルネサンス」の名で原発新設を促進しようとしました。しかし実際に新設された原発は限定的です。原発建設は依然高額で、今後30~40年で安くなる見通しはありません。他方で自然エネルギーは安くなっています。
原発建設では新設予測の過大評価が繰り返されてきました(図)。IAEA(国際原子力機関)も原発倍増という見通しを出しましたが、IAEAの根本目的は原発推進です。
ドイツは原発の安全性について開かれた徹底討論をし、同時に代替エネルギーを熱心に探求してきました。これらがあれば原発の廃止は可能になります。
ピストナー氏 原子炉の安全性やリスク評価、事故分析、核テロ、核不拡散を研究。ドイツ連邦政府の原発規制、事故評価にも携わっています。