「社会に目を向けるようになった5年間でした」と語るのは、福島県須賀川市でドキュメンタリー映画「大地を受け継ぐ」の上映会に取り組む堂脇明奈さん(33)です。
同市で有機栽培のキャベツを作っていた樽川久志さん(当時64)は「福島の農家は終わりだ。お前に農業を勧めたのは、間違っていたかもしれない」と、家族に言い残して、2013年3月24日に自殺しました。福島県の野菜に出荷制限が出た翌日でした。
久志さんの妻と息子・和也さんは、農業の後を継ぎ、農作物を作り続けています。
映画は、福島原発から約65キロ離れた須賀川市の農家の苦悩と国と東電に立ち向かう遺族の姿を東京から訪ねてきた学生たちの目を通じて描いています。
■何かしなければ
樽川さんの事件をニュースで知った堂脇さんは「何かしないといけない」という思いにかられました。
東京電力福島第1原発事故は、「普通の主婦」だった堂脇さんが「180度変わる」出来事となりました。
当時、堂脇さんは「カフェで働いていて、お店のガラス類は壊れ、グチャグチャになりました。大変なことが起きたと思い、夫に連絡しましたが、携帯はつながらない。余震が続くなか、夫が仕事場へ来てくれて、互いの無事を確認できました」と、5年前を振り返ります。
そのころ堂脇さんの友人は妊娠していました。友人は「無事出産できるか」と、落ち込んでいました。「お母さんたちの気持ちは計り知れないほど不安でいっぱいでした」と堂脇さんは言います。
自身も同じ思いでした。翌年6月、夫と南相馬市小高区や飯舘村を見に行きました。人がいなくなった風景に衝撃をうけ、涙が流れ、放射能汚染の恐怖を痛感しました。当時は「子どもをつくろうとは思えなかった」と話します。
堂脇さんは、茨城県と福島県の境に位置する塙町に生まれました。「町の中央を久慈川が流れ、ホタルも飛び交う自然豊かな町。それが放射能で汚染され、父親は原発事故から5年がすぎた今年、米作りを止めました」
結婚して須賀川市に暮らす堂脇さんにとって樽川さんの自殺は、「ひとごととして済ますわけにはいかない」出来事でした。
夫と相談し、「原発ゼロをめざす須賀川の会」を立ち上げました。月1回第2日曜日に大手スーパー前で原発ゼロをアピールする活動を続けています。
「放射能被害は私たちにとって風評ではありません。現実なのです。事故について忘れ去ることにはいかないのです」と堂脇さんは思っています。
■高市発言に異議
2013年6月、高市早苗自民党政調会長(当時)が「原発事故で死んだ人はいない」と発言しました。
「映画『大地を受け継ぐ』は樽川さんの死を無にしてはならないことを伝えています。高市発言に異議を唱える映画です」と多くの人たちの鑑賞を呼びかけています。
「人生設計が壊されました。原発事故のことがずっと頭にあります。福島を忘れないために観てほしいです」
10月29日午前10時30分1回目上映。2回目午後1時30分、同3時から井上淳一監督と生業訴訟原告弁護団の馬奈木厳太郎事務局長、映画出演の樽川和也さんのてい談。須賀川市文化センター大ホール、前売り1000円(当日1200円)。
連絡先=090(9030)1794
(菅野尚夫)
(「しんぶん」赤旗2016年10月17日より転載)