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朝の風 能登地震と志賀原発

 岸田文雄首相の年頭記者会見では、能登半島地震との関連で原発に対する質問が出たが、首相がそれに答えることはなかった。

 1970年代には、能登半島に二つの原発建設の計画があった。一つは珠洲(すず)原発であるが、住民の根強い反対運動によって中止に追い込まれた。もう一つの志賀(しか)原発は、1993年に営業運転を始めたが、3・11福島原発事故後停止していた。その志賀町は、最大震度7であった。

 北陸電力は、地震の直後、「異常なし」と発表したが、その後も地震が続発するなかで、配管が壊れて2万リットル以上の油漏れ、核燃料プールの水の飛散、外部電源の損傷などが明らかになった。周辺のモニタリングポストも壊れていて、機能していなかったこともわかった。原子力規制庁は「大きな異常はない」と言う。

 3・11後、志賀原発の直下に活断層があるという専門家の意見に対して、原子力規制委員会は、その「可能性が否定できない」と認めていたが、政府が原発政策を転換した後にその見解を覆し、北陸電力は26年1月の再稼働をめざしている。経団連の十倉雅和会長も、昨年11月に志賀原発を視察し、一刻も早い再稼働を訴えた。しかし、必要なのは再稼働ではなく、廃炉の決断である。(梟)

(「しんぶん赤旗」2024年1月30日より転載)